私は昨日と同じように大学の講義が終わると、黒田さんの所属しているETUのクラブ事務所へと向かった。
昨夜電話を掛けたところ、今日来てくれと言われたのだ。私は入口できちんと服装を正し、昨日とはまた違った緊張感を持って事務所までを歩んでいく。
周りには選手たちが練習を始めたばかりらしく、アップをしている。そこには矢張り黒田さんと杉江さんもいて、その姿を目にして少しばかり緊張が解れた気がした。

「あ、名字名前さんですか?」

じっと選手たちを見て足を止めていると、声がかかって私はすぐに前を向いた。
目の前にはまだ少し幼さの残った少女が私を見ている。笑顔を浮かべ、そうですと返事を返す。

「じゃあ、事務所に行きましょう!」

嬉しそうに笑顔を作ると少女は私の手首を掴んで引っ張って行く。
途中何度か凹凸のある地面に扱けそうになるが何とか耐えて、事務所までやって来た。中にはデスクが数個並んであって、周りにはダンボールが積み上げられてある。
その光景に目を奪われていると、不意に男性の声が背後から聞こえて咄嗟にそちらに身体を回した。すると、私を引っ張って来た少女がお父さん、と駆け寄る。
ああなんだ御嬢さんか、と正体不明だった彼女に納得した私は、ぺこりと目の前にいる男性に頭を下げた。

「名字名前と申します。本日はよろしくお願いいたします。」

「ああ、君が。なら、こちらへ」

その男性に連れられて、ソファに座るよう促されると向かい合うように私たちは座した。
それからすぐに履歴書を彼に渡す。実は私は高校生の頃に一度だけバイトを経験したことがあるのだが、そんなの全く身になっていないらしく緊張で足が震える。膝の上に手をついて、あちらが話しを始めるのをじっと待つ。

「唐突であるが、君は選手の黒田、杉江と最近になって交友があるらしいね」

「は、はい。」

どきりと心臓が高鳴りを覚えた。もしかして知り合いからの紹介とかいけないのだろうか、と疑問を浮かべて、しかしこの話は黒田さんが持ちかけた物であるからして、いけない理由はないはずではないか、などと屁理屈を並べて自問自答していると、じっと男性は私を見遣った。
私はその視線に耐えながらも同じように目を向ける。

「選手たちと近づこうとするためでは無いね?」

「近づこう・・・?」

は?と間抜けな顔を見せながら私はどういう意味ですか、と脳内で返事を問い返した。それを感じ取ったのか、男性はこほんと咳払いをして何でもない、と言葉を返す。
結局私の問いには一言も返答することなく、また話は移り変わって行く。


事務所を出た頃には選手たちはミニゲームをしていた。私は柵の前までやってきて、彼らを眺める。

「終わったんですか?」

少女の声にくるりと振り返ってうん、とだけ返事をした。赤く染まった世界を私はぼんやりと目に映し、また選手たちへと視界を展開させる。


「おい!!」

無意識の間に私は物凄く集中していたらしく、声が掛かるまで全く気が付かなかった。隣りには黒田さんが居て、何度も私を呼んでいたからか苛々している様だ。

「受かったのか!受かってんだろうな!」

「は、はい。まあ」

曖昧な返事でこくりと頷くと、黒田さんは途端に嬉しそうに私の肩に腕を乗せてばんばんと背を叩く。喜んで貰えてよかったのだが、背が痛い。


(・・・・・・)
(おいクロ、名字さんが痛がってる)
(お、おお、悪い)

20110116// 灯りが遠くから
加筆修正 20120808