私の母親は、私を生んで少しした後肺炎で亡くなった。父はそれからすぐに母の後を追ってしまった。 一人残された私は父方の祖父母の元に引き取られるようになる。その頃、私は確か六歳だった。幼稚園の卒園式、小学校の入学式、共に来るはずもない両親を家で待ち続けた覚えだけが、私の中に深く記憶してある。式後、私は問いかけた。 「おとうさんとおかあさんは?」と。 祖父母はとてもおおらかな笑みを零し、小さい私と目線を合わせるためにしゃがみ込むと、小さな手を強く温かい大きな手で覆いただ一つ言った。 「ごめんね」 涙する祖父に私はどうして泣いてるの?と無知な質問を寄越すと、ぎゅうと抱きしめられた。その時私は幼いなりに何かを悟ったのだろう。それから両親のことを口にはしなかった。 両親の詳細を知ったのは丁度高校受験を受ける一週間前だったと思う。泣き喚いて祖父母を困らせた私は、神様からの罰なのか、志望校を落ちてしまった。それで余計に二人を責めて家を飛び出した。飛び出た私を追いかけた二人は私のすぐ後ろで車に跳ねられてそのまま、天国へ逝ってしまったのだ。 私は今でも二人には謝罪してもしきれない思いでいっぱいだ。 丁度その時期になって、母方の祖母が寿命で亡くなった。祖父は幼い頃に亡くなっていたため、私は頼るあてがなく、独りでの暮らしをせざるを得なかった。 窓の桟に肘を置いて、薄明るい外を眺めて自分の生涯を振り返っていた私は、無意識のうちに溜息を吐いていた。朝日が昇ってきたと同時に、母の形見である大層美しい着物に袖を通す。今日は私が大人になる日。成人式だ。 「こんな、綺麗なの私には似合わないのに」 それでも覚えてもいない母を思ってか流れてくる涙を余所に振袖を着つけていく。小さい頃からよく祖父母に着物を着せてもらっていた私は今では一人で全て出来るようになっている。メイクだけを予約していた私はそそくさと家を出て、美容室へと向かった。 「わあ名前、久しぶり!」 「久しぶり」 久方ぶりに会う中学の友人の声に私は笑顔を浮かべ、意味のない談笑を始める。変わっている人もいるが、この子はあまりあの頃から変わっていないなあ、と心の中で思った。 「昔も今も、本当綺麗だねえ」 「今日は着飾ってるからそう見えるだけだよ」 そう言うあんたの方がよっぽど可愛いよ。と言うと嬉しそうにはにかんだ彼女。ほら、そういう所が。なんて私は笑う。 「あ、黒田!久しぶり!」 この人ごみ中、友達は突然手を振って呼びかけると、その人もこちらへやって来る。私は全く記憶ない人物に一歩下がった。 「全然変わってないね、その目つきとか目つきとか目つきとか」 「ふざけてんのかオイ。てめえも変わってねえだろが!」 大きな声で叫ぶ彼に周りが一瞬だけしんと静まった。しかしすぐに周りの声はまた溢れかえり、漸く私は声を漏らして笑った。なんだかよくは分からないけれど、面白かった。 「名前・・・?」 「笑ってごめんね、悪意は無いから」 「・・・・お、おう」 目の前の黒田と言う人は、目線をあちらこちらと漂わせながら頬を染めた。先程の大声は何処へやら、小さな声が私の耳に届いたのだった。 (私、名字名前と申します。) (黒田だ) 20110111// 暗い檻の中ひとり 加筆修正 20120805 |