「名前ちゃん名前ちゃん、こっちこっち!」

きょろきょろと沢山の人で溢れているFTUのホームスタジアムにやって来た私は、その見知った声にすぐさま反応を示した。急いで私もそちらへ向かってタオルを鞄から取り出す。

「すみません、家を出る前になって急に用が出来てしまって」

「いいんだって!ほらでて来た!」

お義姉さんの隣りに立っているお義母さんは興奮を露わにして叫ぶ。スクリーンには大きく私の夫、椿大介の名前と顔が大きく映し出されている。
今まで幾度となくこのスタジアムに応援に来たことがあるのに、どうしてか私の心臓は大きく震えを起こす。普段の私は少し大人しく、自分で言うのもなんだけれど落ち着いた女であり、またその心臓もしかりなのに。私は驚いてそっと胸に手を当ててみる。やっぱりドクドクいってる。そしてああ、と私はすぐに納得した。先程どうしてかと言ったけれど、やっぱり訂正。

結婚して初めての応援。
達海監督に代わって初めての応援だからだ。


「だいすけー!」

目一杯大きな声で名前を呼ぶと、僅かに私へと視線を向けた気がした。途端がちがちに固まってしまった旦那に私は少し後悔。私が来ていると知らせない方が良かったのだ。彼はプレッシャーに弱いから。


盛り上がる観客。私も選手たちと同じように汗を掻きながらもどうにもこうにも気分が乗らない。
どうして、と再び自問してみるけれど誰も答えてはくれない。

「どうしたの名前ちゃん?」

「あ、いえ」

「もしかして気分が悪いの?」

「大丈夫です、すいませんご迷惑をおかけまして」

吹き出る汗をタオルで拭いながら私は二人に頭を小さく下げる。
途端に二人は、からからと笑いながらそんなことはないと私の背中を遠慮なく叩いた。私はその余りの痛みに涙目になりながらも笑顔を浮かべる。どうして夫の家族の女性はこうも明るい、というかお転婆なのだろう。大介はお義父さん譲りだし。
恐らく赤いモミジが出来てるであろう場所を気に掛けながら、後半を臨んだ。


「あ、出て来た!大介ー!」

お義姉さんが大きな声でそう叫ぶと、ちらりと確実にこちらを向いた。皆も一様に叫んでいるのに、聞こえんだと苦笑いが自然と零れる。

「名前ちゃんも、ほらなんか言ってやってよ!いっつも頼りないプレーばっかりして!」


ぐいと座っていた私の腕を引っ張って立たせると、彼女はそう捲し立ててまた大声で言う。この人たちって本当に姉弟なのかなと疑問に思うその性格の差は最早慣れてきてはいるらしい。
私は夫へ視線を送る。

ここで大声で頑張って、なんて言えばきっとまた固まってしまう。だから、眺めるだけ。


「・・・あれ?」


手、振ってる?

いつもの強張った表情の中に笑顔が確かにあって、そして手を小さく、振ってる。
私は首を傾げたけれど、にこりと笑う。もしかしたら私じゃないかもしれない。なんて妻の癖にね。

けれど私のその不安は余り意味の無いものであったのだ。

「名前」

ゆっくりと私の名を一文字ずつ、確実に音は出さずに紡いだのが見て取れる。
思わず目を大きく開いて、夫を見るけれど、次の瞬間には勝手に身体は動いていた。

「がんばって!」

私も口ぱくで。
彼と同じようにぎこちなく小さく、手を振る。


さて、この試合。
彼は初めて自分のプレーが出来たと喜んで家に帰ってきました。私はそうして帰ってきた夫に、ささやかながら笑顔を送ります。

20110403//愛をこめて笑顔を
可愛い夫婦だと私が嬉しい。もぐもぐ