俺は今日も変わらずいつものを道を進んで帰ってきた。開けたドアの先には明かりなどあるはずもなく真っ暗な空間が俺を出迎えており、何も言わずに鍵を直ぐに閉める。それからいつも通り、飯でも作るかと練習後と言うこともあって俺はふっと思い立たされた。でも面倒だ。そんな心持のままソファに腰を下ろしてテレビをつけると、最近人気のある芸人が映っている。
こいつもすぐに世間からは飽きられて終わるんだろう。
そんな言葉を脳裏に、それでも芸人としての道を選ぶのは恐らく俺達スポーツ選手とそう変わりはしないのではないかと勝手に推測しては思考をストップさせる。天井をぼんやりと眺めて数分かと言う頃、テーブルに放り出していた携帯がバイブした。

二度か三度振動した後切れたバイブ音にメールだと分かった俺は放ったまま、飯という一字を浮かべたまま眠気に襲われ目を瞑った。



薄っすらと目を開けるとまた携帯がバイブしていた。どうやら今度は電話のようだ、重たい身体を起こしてテーブルに乗っている携帯を取って名前を確認したのちすぐに通話ボタンを押す。

「もしもし」
「ひろさん、私です!」
「ああ、分かってる」
「あ、すいません」

興奮したような声を上げたのは矢張り携帯のディスプレイに映っているその人で、思わず頬が緩んだ。そうしていると受話器越しに疲れてますね、ごめんなさいと謝る声が聞こえる。大丈夫とだけ返すと珍しく数秒無言が流れた。いつもは名前が話しを止めようとしないのに、珍しいこともあるもんだ。

「どうした?」
「あ、あのね。えっと」

慌てたように発した言葉には歯切れの悪い言葉で、彼女が今どんな仕草をしているのか想像すると可愛い奴だなと笑みが零れた。

「疲れてて嫌だったら断ってくれていいんだけどね。もしよかったら今から会えませんか?」

「今から?」
「はい、え、あ、でも疲れてるなら断って下さいね!」

俺がサッカー選手だからだろう、名前は常日頃俺の身体を気遣ってくれる。そう言えばこいつの口癖は疲れてて、だ。

「いいよ、どこで会う?」
「今六本木にいるんです!」

すっごく綺麗で!
興奮した声色に加わりどこか鼻の詰まったような声はその為だったのか、と漸く理解すると途端に苦笑いが零れた。人の体調を心配する前に自分に気を遣うべきだ。

「風邪引くぞ」
「引かないよ、マフラーも手袋もしてるから」

ふふふ、と聞こえてくる声に俺は既にソファから立ち上がって上着を手にしていた。じゃあ、とだけ挨拶を返してすぐに上着を着てマンションを出ると身を斬るような冷たい風が頬を掠める。ぶるりと肩を震わせると白い息で手を暖めながらエレベーターを降りた。彼女は一人でいるのか、と考えると自然と歩は大きくなっており、思いのほか早く着いた。


長く続いている並木にはイルミネーションが施されており、彼女の言う通り綺麗だった。右へ、左へ視界を動かしながら名前を探し歩いていると一つの赤いライトがチカチカし、サイレンの音が、散らばる破片が、そして運び上げられる人が、俺の感覚器を侵していく。
集まっている人とそれを噂する人々の声が遠くなった。

嫌な予感がした。



「名前・・・?」



ふと気が付くと俺はソファの上で寝ていたらしい。寝言のように呟いた彼女の名は少し寂しい音がした。つけっぱなしにしていたテレビの電源を消して、ぼうっと部屋を眺める。あれ、夢だったのか。ぽつりと呟いた言葉に確信は含まれていない。けれど確かに彼女はあの日、俺の目の前で俺に微笑みながら息を引き取ったのだ。間違いは無い筈なのに妙に変な気分になる。考えようとするとすぐに脳がそれを嫌がって空虚になった。また部屋をぼうっと眺める。

そう言えばメール来てたな。誰からだ?
思いついた独り言を吐きながら俺は無造作に携帯を開ける。メールボックスには二つ、まだ開いてないメールがある。その二つの中でも上にある一件を開けると世良から飲みに行こうといった風な内容があった。今日は堺じゃないんだな、とふっと笑ってから曖昧な返事を返す。

送信を送ると、しんと周りが静まり返った。特に気にすることもなくクリアボタンを押すと開いてないメールが出てくる。名前からの。

ぴたりと親指が止まってそれから目が離せなくなる。彼女の最期のメール内容は何なのか、知りたくて知りたくない。けれどいい加減見てやらないと、怒りそうだ。スローモーションのようにゆっくりとボタンを押すと約一年間開かれなかったメールが漸く文字を映し出す。

彼女の遺言はとてもシンプルだった。お蔭でまた俺は泣くことになる。愛おしい者の笑顔が浮かんで、消える。

あいしてる 

20110218//恋事情