私の友人が死んだ。
くノ一の子。成績も容姿も性格もみんな、みんなみんな良いのに。死んでしまった。
だけど私は、生きてるの。
おかしい。だってそうでしょう?私なんかが生きてるのに、彼女が死んだ。
生と死は平等だと言うけれど、全然平等じゃない。だって私は生きていて、あの子は死んでいる。



僕の友人が死んだ。
メスの蛇。触り心地も皮膚の色も気性もみんな、みんなみんな良いのに。死んでしまった。
どうして僕は生きているんだろう。
おかしいな。おかしいよ。人間なんかが生きているのに、彼女は死んでしまった。
人間はどうしてこんなに長く生きてるんだろう。



「伊賀崎、どうかしたの」

お墓を作ってやっている僕の背に吐き出された言葉は、感情を含んでいるようには感じられなかった。

「死んだんです、友人が」

そう、と私は彼の小さな背を見つめながら溜息と共に吐き出した。時々揺れる肩に、顔を擦る手、それに鼻水を啜る音が聞こえてきて、初めて彼が涙していることに気が付いた。
彼が泣くなんて、ね。どうせ毒虫か何かが死んだんだろう。あの小さな身体でそう長くは生きられない筈だのに、彼はいつも泣く。一人でひっそりと泣く。
生き物が死ぬのが嫌いな訳ではないみたい。だって、彼ってば友人が死んでも平気な面で葬儀に出席したんだって。
変な、奴。
虫には泣くんだもの。変な奴。

「どうしてそれに拘るのかしらね」

くるりと振り返った先に見えた先輩は、思わずぞっとするような冷たい眼で僕を見下ろしたままその近くの土を指さしていた。
それを指す意味が、彼女の事を言っているのだと気が付くと腹立たしくて、思わず僕は立ち上がって少しだけ背丈の高い先輩を睨んだ。

「なによ。文句でもあるの」

反抗期かしら。
私をギロリと睨む彼であるけれど、涙に濡れた眼で睨まれたってちっとも怖くなんかない。
そもそも、それに涙なんて要らない。
それに対して泣く価値はあって、人には涙をくれてやる価値はないと言うのでしょう。私はあなたのそれが気に喰わない。
だってあなたも、所詮はひとなのに。羨望したって、それ等にはなれないのに。

「あなたのそれは、どういった感情なの」
「それは、私がそれに軽蔑しているから怒っているの」
「それは、私にあなたの友人をそれと言われて怒っているの」
「それは、」

「うるさい!」

先輩の言葉を止めたくて、僕は半ば強引な行動を取って黙らせた。後輩だと舐めるなと言いたいつもりだったが、言えずに終わった。
手裏剣を打って驚く先輩に僕だって忍たまだって事を、くのいちに知らしめてやりたかった。
けれど先輩は横を通り過ぎる手裏剣を横目で見送った後、直ぐに平気な顔で僕を見つめるのだ。まるで、怖くないよと目で訴えるみたいに。
歯痒い。むかむかする。
彼女の死に対する重さを先輩に説明が出来ない僕が。状況全てが。
歯を食いしばる。拳を握りしめる。
歯痒い。むかむかする。
だけど、僕には言葉が見つからない。

「難儀ね。私が人を愛おしいと思う感情はあなたに辟易させる。あなたがそれを愛おしいと思う心は私に軽蔑させる。だから、私たちは生きる物に終わりがいつかやって来る事を学んだのに理解できない。」

同じ物を知っていても、一生交わることの無い感情なのね。
ちり、と頬が痛む。きっと彼が打った手裏剣が頬を掠ったんだ。
不思議だった。
凶器を打たれて、怖い筈だのに私はちっとも怖くなんてなかった。どうしてだろう。
死んだあの子が崩れ落ちる時も、そうだったの。
ちっとも怖くなかった。
おかしいよね。変なの。わたしも

「僕たちは、本当に理解出来ないのでしょうか」

彼女が居なくなってしまっても生きている僕が憎くて堪らないんです。
でも、僕が死んでも生きていく彼女らをきっと悲しいと思ってしまうんです。
これは、おかしい感情なんだろうか。

先輩の頬には赤い傷が一つついていた。紅い体液が零れているのに、先輩はそれを拭わないでぼうっと正面に居る僕を見ずに、正面を見ている。
怖いと、少しだけ思った。
どこを見ているんだろう。先輩は。

「理解、出来ないよ」

彼は少し顔を伏せて、その端正な顔に影を作った。
御免なさいなんて言わない。別に私たちは始めから繋がっていなかったのだから。

だけど、きっと私たちは同じことを願っているのだ。

「何処にもないよ、私たちの執心する物は。一生訪れることはない」

終わりはいつも早すぎる

20120330//千年続く友愛を
終わりを知って、人を愛おしく思う先輩と、自分より小さな生物を愛おしく思う僕のはなし