それは確か、大地が凍える寒さを耐え、雪水がせせら、せせらと細い川を作って、若葉が芽吹き出し、生物が冬眠から目を覚まし始めたような、温かい小春日和のこと。

「忍術・・・?」
「忍術学園、またの名を大川学園。まあ、忍者の学校だよ」

天狗山へと急ぐあたしを止めた片目の男は、面白い物を見つけたと言わんがばかりに目を歪めた。

「そこにね、善法寺伊作っていう学生が居るんだけど。彼を頼ればいい」
「・・・善法寺、伊作・・」
「忍術学園までは君の目が知っているね」

男があたしの目を指さした。反射でそっとそれを覆う。
ああ。あたしは会ったことも無い学生とやらの名をそのまま繰り返した。そうして少年の顔が、笑顔が浮かぶ。何度も。何度も見た彼。その後、あたしは――

「どうして、あたしの目の事を知っているんだい」

視た通りの言葉を吐いている時程、居心地の悪い物は無い。しかし、これは一寸考える間もなく唱えてしまったのだ。
誰だって気になるだろう?自分の目のことは内密にしてあるのに、見知らぬ男にその内密にしている物を指されるのだから。
考え込むような素振りだけを見せた彼は、にたりと矢張り笑っている。

「どうしてだろうね。ああ、私の名は――」
「雑渡昆奈門」
「見えていたか」

便利だねと言った男を睨み付けて、忍術学園とやらへと向かう旅路に着く。その後を追う雑渡。

「何の御用で?」
「それを訪ねなくても、君には見えているんじゃないのかい」
「・・それが視えないから聞いてるんだよ」
「ふうん、私も面白そうだから行くことにしただけ」

一度足を止めて、雑渡を見た後また歩き出す。何が目的なのかさっぱり解らないが、ただ取りあえず善法寺伊作という少年にこの目を処理して貰うことだけを考えることにした。
結局は彼のことはどうでもよかったのだ。


こっちこっちと促されるがままにあたしは屋敷に入り、よく分からないところに連れて来られていた。これも全て視ている。
どうやら裏門から無断で侵入しているらしいね。草陰に隠れるように指示されて、身を屈める。
侵入だなんて事を勿論したのことの無いあたしにとってとても新鮮味のある、しかしばれるのではないかという不安が一層あたしを楽しませる。視ていただけでは違うということだね。

「伊作君がいるかどうか分からないから、私が少し見てこよう。教師にばれると厄介だ」
「善法寺伊作はあんたがあたしを連れて行く処に居るよ」
「・・・見えてるの?」
「ええ、視てますよ」

へえと片目だけが見えるそれが弧を描いた。雑渡はどうやら変わった人であるらしい。それじゃあ私に着いて来てね、と茂みから正体を現すと人間業とは思えない早業で内に忍びこむ。あたしはその後を着いて行くだけ。
この人も、忍者なんだろうね。漠然と身軽な雑渡昆奈門を眺めていた。

「やあ伊作君」
「雑渡さん・・・!」

木戸を横へ引っ張ると、中からむせ返る様な薬草のにおいが、むわりと外気に触れた。あたしは想像以上の鼻をつくそれに顔を歪めちまってね。そりゃあ、もう。涙が零れてしまうんでないかとさえ思うぐらい、強烈なにおいだったのよ。
もし立ち寄るなら、あの部屋だけは避けて通るべきだね。

「ほら、御嬢さん。早くおいで」
「・・どなたですか・・?」

一寸中へ入るのを躊躇したものの、此処へ入らなければ先へ進まない。あたしは自分に喝を入れると恐る恐る足を踏み入れた。
それにしても、雑渡は嗅覚が麻痺してるんじゃなかろうかね。あと善法寺という少年も。

「ああ、彼女、先を見る目を持っていてね」
「先?」
「未来だよ。あたしには不幸を視る力があるのさ」

なんならあんたの不幸も見てあげようかと笑ってやれば、顔を少し青くして結構ですと大げさに否定を示した。
そりゃあ、残念。あんたには沢山の不幸が視えるんだがね。

「それで、あなた方は僕に何を?」
「うん。伊作君に、彼女の目を取って欲しいんだよ」
「え・・?」

ちらりと私を見た彼に頷く。

「他人の不幸を見るのも、もう御免でね」

他人の不幸は密の味なんて言葉は、あたしにはそれはそれは残酷な響きを孕んでいたさ。

「し、しかし貴女の目を取るとなると、貴女はこの先盲目となるんですよ」
「わかっている」
「なら・・!」

「御嬢さん、君、一体何処まで見えているの?」

入口の近くにもたれ掛かって立っていた雑渡は、腕を組んだまま少しだけ目を細めて笑っている様であった。
何処まで?善法寺が鸚鵡返しに言葉を返した。

「そうだねえ、彼に目を刳り貫いてもらってあたしの目が無くなった後、目に包帯を巻いたあたしが此処を出ていくのを眺めるところまで、だね」
「どういうことだい・・?」
「伊作君、先が見えている彼女が言っているんだ。彼女の目を取ってあげなよ」

この後、彼が頷くのをあたしは視えていた。

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