愛とは何であろうな
意識を失う直前に耳が拾った言葉は脳の中で何度も反響され、いつまでも忍びの動きをぴたりと止めた。

ザビー教と名乗る宗教は既に撤退し、忍びが目を覚ませば平安な日々の暮らし情景が視界一杯に広がっていた。外からは兵の野太い声、時折聞こえてくる軽い足音。何の鳥か等分かりもしないが、鳥の囀り。
暖かな、陽の光。

しかし、それでも何かの拍子に冒頭の科白が頭を遮るのだ。
忍びは、古くから主、毛利元就に付き従っていた者。それ故に主の過去も隣りで見てきている。
最近になり漸く智将だと全国に名を轟かせた主の吐いた小さな心の本音は、大きく忍びの心中へ残して行った。

「どうした」

頭を押さえ、立ち止まっていると不意に背後から声がかかる。忍びはさっ、と日陰のある道の端で跪く。そして、僅かに首を横に振り意思の疎通をはかった。

「伍伯がそなたを探しておったぞ」

忍びであるにも関わらず、奴は忍ばんらしい。
ふん、と鼻で笑いそのまま部屋へと足を進めていく。だが部屋へと入る手前、ぴたりと足を止めたまま主は呟いたのだ。愛とは何であろうなと。
びくりと頭と心、身体全てが反応をした。元就へと視線を上げた彼女ではあったが、口を開く前に城主は部屋へ入ってしまった。忍びは目を閉じ、頭を先より地へ近づけそのままとん、と音を立て消える。

(先の言葉、元就様は喋れぬ自分に何と・・・)

「ああ!どこにいたんですか!」

屋敷を駆け回ってみれば簡単に例の忍びが見つかった。城主の言う通り、忍ぶことはせず大声で探していた姿を目にし、やんわりと息を吐いた。
しかし、自分も余り忍んではいないのではないかと思いつくと何も言うことは出来ない。

「もう、怪我は大丈夫ですか」

こくりと頷けば、伍伯は嬉しそうに笑いではでは、と腕を引っ張られる。忍びは瞬間的に体制を崩したものの直ぐに伍伯を抱えるように走り出した。
奴が稽古に付き合ってくれと頼んで来るのは目に見えて分かったからだ。



「忍び様は、元就様に古くから仕えているのですか」

稽古の合間、木の枝に二人並んで座っていると唐突に彼が問うた。忍びは曖昧に首返事をし、頭を叩くように撫でてやる。
それ以上は聞くなそんな意を込めて。


20101121