「ねえねえ、もう少しあっちに行こうよ」

「何言ってんだよ、あっちは駄目だって父上や兄上に言われただろ?」

「ええー!行きたいー!」


「仕方ないなあ」



「何故あそへ向かったのだ」
「しかも我らの名まで晒したらしいな」
「貴様らにはそれなりの罰を、そうだな」


「貴様は話せぬよう喉を潰してやろう」
「お前には名乗れぬよう、名前を捨ててやろう」



はっはっ、はあは、あ
忍びは勢いよく身体を起こし汗を拭うように顔布を取り払う。それから足を適度な角度で折り(所謂三角座り)膝の上に手を置いてからその上に額を乗せた。


(夢・・・か)

吹き出る汗を何とか拭い、気持ちが収まりつつあるのをいいことに顔を上げる。しかしそれは間違いだった。辺りで寝ていたのだ。

「・・・貴様、あの忍びか」

疑問符を微かに混ぜ合わせたような肯定文を発し、見下ろすのは毛利元就だった。忍びは慌てて、頭を垂れこくりと頷く。

「矢張り、女であったか」

こくりと今度は速く頷く。どこか落ち込む様子の忍びは今まで長年自分の隣りでいたが一度も見たことが無いと元就は思った。

小豆色の髪は汗に濡れ顔に張り付き、枯茶色な瞳は潤み落ち着きが無い。おおよその理由は安易に想像が出来た城主は特に何も聞くことはしなかった。
先程例のザビー教なるものの動向を掴み、奴等は安芸国へと向かっていると分かった。一通り策を練り、時間の空いたところだった元就は特に急ぐこともなくじっと忍びを見つめる。


「日輪でも眺めていれば良いわ」

渋い顔をしながらほんの僅かに微笑んだ主に思わず忍びは呼吸を忘れ、見入ってしまった。長く彼へ仕えているが頬を緩ませた瞬間でさえ一度も見たことがなかったからだ。
忍びは俯いて小さく頷くと、姿を消すことにした。


20101104