「外聞よ」
ひゅんと風の音と共に忍びが頭を垂れる。口は布で覆われており、強い瞳が主を映していた。
毛利元就はその忍びを横目に任務を言い渡すとこくりと一つ頷き、消えていく。
名も知らぬ忍びであった。
一切口は利かず首だけで返事をするのだ。忠実な駒、奴は正しくそうだとそう思った。
それ故に重宝する。忍びとしての腕も文句をつけることはないからだ。
握っていた筆を文机に置き、部屋を出る。目の前には手入れの行き届いた庭が見え、美しく花が咲き誇っていた。
元就はその景色に束の間の安息を取るようにほっと胸を休めるために縁側に腰を下ろす。
「はて、奴は女なのか」
ふと、忍びは男か女かすら主である我も分からないと気が付く。目以外は全て黒に覆われているのだ。背丈も小柄な男と変わりがない。そして忍びである故に体格もそう柔くはない。
「何を今更、奴は所詮捨て駒ぞ」
ゆっくりと首を左右に振り、愚かな思想を取り除く。
「元就様」
そうしていれば、遠くで主の名を呼ぶ声が響く。元就は僅かに目を細めてから名残惜しいとばかりに庭先の景色を見つめ、腰を起こす。
「何用ぞ」
さて、最近西で噂のある可笑しな信教とは何であろうか。
20101025