第二撃とばかりに飛んでくるそれらを見上げ忍びはばたんと扉を閉めた。相も変わらずこの場に似つかわしくない青空と大きな大きな暑いぐらいの太陽が我々を差している。
不意に自分が毛利元就に仕える日もこのような青い青いよく晴れた夏の日だと何十年も前の記憶を思い出した。忍びは風魔の血を受け継いでいるにも関わらず、まだ幼かった彼女は一族についてを他人に漏らしてしまったのだ。殺される運命に会った自分を救ってくれたのは杉の大方、ひいては主だった。
ゆっくりと目を閉じて瞼の裏に焼き付いて消えることのないあの頃を思い浮かべた。
ああ、なんと幸せな生涯であったかと。忍びは荒い呼吸を繰り返し満足げに微笑む。
「まだ死ぬことは許されぬぞ!」
咄嗟に発した言葉は大凡いつもの毛利元就らしくはなかった。忍びは苦無を取り出してやってくるそれらを待ち構える。
最期に彼女の胸の内にあるのは矢張り白昼夢は当たるものだという言葉で、そうして今度は閉じていた瞳を開けた。
「名前と申します。」
「名前! 我の前から」
「 」
元就の声を遮るように肉に鉄の食い込む音と跳ね返すような金属音が大きく響いた。
城主は数秒目を見開いたが、すぐに食いしばるように下唇を噛んで拳に力を込めた。
長く共にあった養母も忍びももう此処には居ない。我は終に一人になった。
薄暗い広間の中、鉄の突き刺さる扉を輪刀で破壊する。下には血まみれの忍びが横たわっており、笑みを溢していた。
生暖かい水がぽつりと一粒目から零れ落ちた。
それはもう既に幼少の頃に枯れてしまったものとばかり思っていたものであった。
いつもの兵に対するように鼻で笑い飛ばせない自分自身に元就は苛立ちを覚えた。それどころか、煮えくりわたるような感情に戸惑いまでもが生まれてくる。
背負っていたものは 拠り所でもあったのだ。
「所詮、我も人の子よ」
最早亡骸となったそれから、顔を上げ目の前にいる宿敵にもなる男を睨んだ。
「降参しな、やっこさんよお!」
「中国は我のもの、貴様ごときに渡すものか!」
吹き抜ける風は元就の背を押している。
(我の前から消えるでない・・!)
(愛しております)
20101229