倒れるように忍びが落ちた。丁度輪刀を手にしていた元就は目の前に落ちるように膝を就いた忍びを見下ろした。
四肢に刺さる弓とぜえぜえと言うよりもひゅうひゅうと鳴らし呼吸する忍びを目にして、元就はすぐに相手の兵が減ったか、と悟る。
痛みからか、それとも他の理由からか意識の飛びかかっている忍びに元就は、最早隠れていない赤い髪を強く引っ張り立たせた。

「耐えよ。それしきの傷、後でどうとでもなる」

それだけを吐くと、忍びが頷くのを見届ける前に扉へ歩いていく。周りの家臣もそれに続くように後を着いた。
しかし有ろうことか忍びは主の前に立ったのだ。


「我の前に立つか。斬られたくなければ早々に道を開けよ」

見下す恐ろしい瞳が忍びに刺さろうとも、忍びは首を横に振った。城まで侵入された今、もう勝てる見込みが無いのだ。もうそこまで敵は来ている、それはここへやって来るまでの彼女を見れば一目瞭然であった。赤い液体が床へぼたぼたと一定期に零れているのが元就の目にも、その背後にあった家臣達の目にも勿論忍びの目にも映った。

「何故我の歩みを邪魔する」

長く元就に仕える忍びがこれまで一度も首を横に振ったことなどなかった。それ故に元就は簡単に忍びを殺すことが出来なかったのだ。

「・・・・さま・・」


「元就様に忠誠以上の感情を抱いているからです」

途中掠れた声が、血の通った形の良い唇から紡がれた。数秒、元就は鈍器で殴られたような感覚に動けずにいた。いつもの光のある瞳は、長年元就に仕える忍びのものであり、声の出せぬ者である筈だ。

目を見開き、白く忍びにしては美しい彼女に元就は絶句していたが、またすぐ冷静を取り戻した。

「恋慕の情など下らぬ。それに貴様、口が利けぬのではないのか」

「・・・もうしわけ、ありません」


ふん、と知らぬ顔をして元就は目の前にいる忍びの抵抗を押し切って戸を開けた。瞬間、きらりと高く登った日輪が元就の視野を奪う。思わず目を細めた元就を容赦なく引くようにして前に出たのは又もや忍びであった。

目の前の忍びは小刀を家臣の腰から抜き取り、飛んでくる弓を銃弾を弾いた。波のような攻撃が病むと、ごぼと大量の血を吐き出して元就の視界から消えてゆく。
飛んでくる血は、目に映るそれは彼女の赤い髪よりも赤黒かった。背後の家臣が主を守るように駆けていくのを元就は横目で見、ゆるりと顔を下に向けた。

忍びはまるで最期の力とばかりに自分の身体に鞭打って起き上がると、凛とした声で逃げて下さい、と呟いた。主が死ぬことだけは忍びにとって最悪の事態である。たとえ自分が死のうと主が生きてくれさえいれば、満足であった。


20101228