甲斐から向かった先は北条であった。忍びは矢の如く木から木へと飛び移り、相模へと急いだ。長曾我部が毛利へ戦闘態勢を取っているとの情報を手に入れたからだ。即刻安芸へ向かうべきだとも考えた忍びであったが、甲斐で漏れたようなものの真偽は如何ほどか。智将と名高い主に申しつけられた通りにしておこうと言う結果に至った忍びは木々を駆けるのだ。
あそこには風魔小太郎がいる。忍びにとってそれは嬉しくないことであった。出来れば会わないまま北条を去りたい。しかし忍びのそんな願望は見事に外れることになってしまった。

(くそっ)

目の前には凛々しい腕を組みながら見えない目を忍びへ向けていた。忍びはぎりと歯を食いしばると苦無を勢いよく放った。その間に背にある刀を抜き切りかかる。

きん、と鉄と鉄が交わった。
軽々と片腕だけで吹き飛ばされ、木の枝に飛び移る。びゅんと物凄い早さで切りかかってくる風魔に忍びは印を唱えると目の前から消えた。一瞬止まった彼目掛けて軌道を横に斬りかかった。しかし数秒の間であると言うのに風魔はくるりと至極軽やかな動作で受け止めた。すぐに距離を取ろうと下がろうとするが空いている左腕を捕まえられると腹部に蹴りがめり込んだ。

だがそれはふわりと空を切った。くるりと見回すと忍びが木の枝にとまって何かを苦無で切った。
遅れて忍びが風魔へと飛び込むんで行くと、追い抜かすように苦無が全角度から一点へと向かった。

「!」

(矢張り伝統と噂される程の忍びだ)

目の前には風魔の姿があり、数個の苦無が刺さっているもののどれも致命傷には至らず、振り切った後の右手首を掴まれていた。
不味い、そう思った頃には忍びの手からは忍刀は取り上げられていた。いよいよ殺されるか、と覚悟したが風魔小太郎は忍びの両手首を掴んだままじっと見ていた。

「?」

殺さないの。と音の出ない喉で口を動かし睨むように見遣った筈であるのに頭を叩くように撫でられる。忍びは思わず眉間に皺を寄せ、背の高い相手を見上げた。
あの頃の愚かな二人であった。身長の差も、我儘を通す忍びもそれに優しく頭を撫で頷く、今となっては風魔一党の頭領も、かつてと変わりが無かった。

彼はどこからか書付程度の紙を忍びに渡した。忍びは紙と風魔を交互に見た後、それに目を通す。中には毛利が攻撃を受けているという内容が乱雑な字で書き留められてあった。

忍びは大きく目を見開いて風魔を見た。彼は早く行けとでも言うように頷いて親切にも忍刀を忍びに握らせる。
ありがとうと口を動かして、本心から出たような微笑みを向けるとひゅんと風の音を立てて消えてしまった。


20101227