ある助手のケース


教授たちがいる応接室とは反対の方向へ足を進める。
カチャカチャという食器がぶつかる音が聞こえ丸い窓を覗くと、レイモンドさんとライアーさんが動き回っている。

「キッチンかしら」

私がドアをノックしようとすると、外へ出ようとしていたライアーさんと鉢合わせた。

「あっ」
「おっと」

手が宙を叩く。
扉が開くと、焼きたてのクッキーの香りが広がった。つい顔がほころぶ。
思いっきり息を吸い込むと、甘い味さえ感じた。

「なんだ、待ちきれなかったか?」

ライアーさんが笑う。
すこし恥ずかしくなって、違いますと言い訳した。半分は本当で、半分は嘘だ。

「ちょうどよかった。すこし手伝ってくれ」

ライアーさんが手招きする。
奥でポットを温めていたレイモンドさんが「いらっしゃいませ」と頭を下げた。高級そうな茶器だ。

「クッキーが焼き上がったんだ」
「ライアーさんが焼いたんですか?」
「いや、俺じゃないけど美味いよ」

ライアーさんは楽しそうに笑いながら、オーブンの横にあるミトンをはめる。手際よく取り出すと、

「ライアー様、お皿を」
「ああ、少し大きめの…」
「こちらでございますね」
「あと紙ナプキンが――」
「ええ。用意してございます」

レイモンドさんが間髪入れずにアシストしている。クッキーを皿にあけるライアーさん。はずしたミトンを片すレイモンドさん。
狭い船内で、二人はダンスでも踊るかのように見事なコンビネーションを披露していた。息がぴたりと合っている。

「すごい……」

私は感心してしまって手伝うどころではなかった。
全てセットされてから、ライアーさんに「運ぼう」と声を掛けられるまで立っていただけだ。

「私は後から参ります」
「わかりました」

レイモンドさんに見送られて、給仕室の扉を閉める。
お盆を持った私とライアーさんは、並んで廊下を歩きだした。

「それにしても、すごいコンビネーションでしたね」
「ん?」
「ライアーさんとレイモンドさん。手際良いっていうか…、なんだか馴染んでました」

ライアーさんは虚を突かれたようなかんじでこちらを見て、1、2度瞬きをした。
そしてどこか憮然とした顔で「……そうか」と言った。

「ライアーさんは色々なことに造詣が深いとは思ってましたけど、飛行船の台所の使い方まで詳しいなんて…」
「俺だって、アンブロシアでレミが飛行機を操縦していた時は驚いたよ」
「あんなの朝飯前ですよ」
「いや、けっこう難しいと思う」

ライアーさんは苦虫をかみつぶしたような顔をする。
難しい、ということは操縦したことがあるのだろうか? 乗り物に弱いライアーさんには、私に感じられない苦労があるのかもしれない。

「飛行船の台所はシンプルだから、一度教わってみるといい。簡単だよ」
「そうですか?」
「そうだな、アーリアとお菓子でも作ったらどうだ?」
「あ、いいですね!」

焼きたてのお菓子の甘い香りと、紅茶のふくよかな香り。張りのあるソファ。みんなの笑顔。どれもキラキラ輝く。
空を眺めながらのティータイムは、いろんなことを忘れさせてくれそうだと思った。

「楽しみです!」



(私は、あと何回これを楽しめるのかな)


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