ある弟子のケース


青い空に浮かぶ白い雲の間を、ボストニアス号はどんどん進んでいった。
歩くのよりずっとスピードは早いはずなのに、雲はゆっくりと流れていく。
なんだか不思議で、まるで雲の海に浮かんでいるみたいだった。

「雲の上にいるだけあって、とってもいい天気です!」

レミさんが、うれしそうにはしゃいでいる。
ボクはもう子供じゃないんだからと思ったけど、隣でいっしょに外を見ているライアーさんも笑っていたから、すなおに喜ぶことにした。

「ボストニアス号だったら、どこにでも行けちゃう気がします」
「実際こいつは、どこへでも行ける機体さ」

サーハイマン博士がうなずいて、「レイモンドの操縦ならね」と言った。たしかに、レイモンドさんの操縦はすごい。立っていても、ぜんぜん揺れを感じない。
博士はボクをお茶にさそってくれたけど、ボクはもう少し外を見ていたかったから断った。紅茶は帰ってからも飲めるけど、この景色は今だけだ。

「座らないのか? ルーク」
「もうすこし見ていたいです」
「そうか」

ライアーさんは、そのままボクの隣に立った。
レミさんとアーリアがいっしょに左側の鳥をながめていたから、てっきりライアーさんもそっちか、または先生や博士といっしょにお茶を飲むのかと思っていたんだけど。
ボクはライアーさんを見る。

「下に、雲のかげが見えます」
「ああ、飛行船は雲より上を飛んでいるからね。角度によっては、ボストニアス号の影も見えると思う」

ライアーさんは、さいしょの船酔いなんてなかったみたいにぴんぴんしていた。先生とはちがう種類のおだやかさがあって、なんだかボクを安心させる。

「レイモンドさんの操縦、すごいですね!」
「そうだな」

ライアーさんはふふ、と笑う。

「彼の操縦なら、俺も酔いの心配をしなくていい」

なんとなく苦笑いのように見えて、ボクは聞いた。

「博士の操縦だと酔うんですか?」
「え?」

あきらかにびっくりした顔をして、ライアーさんはボクを見た。
そして驚いたのをごまかそうとして失敗したような顔になって、

「まあ、あの。上手くない操縦士とか、緊急事態とか、…かな」

ちょっぴり遠い目になって答えた。
でも、ボクはレイモンドさんの操縦以外わからないし、緊急事態といえばタージェントしか思いつかない。どうしても、緊急イコール博士の操縦みたいに聞こえてしまう。

「緊急事態って、たとえばなんですか?」

ライアーさんは空中をちょっと見て、「今はいい天気だが」と言った。

「空というのは、存外気まぐれでね。晴天だと思って飛んでいても、いきなり雷に打たれることもあるんだ」
「えっ! こんなに晴れてるのに!?」

思わず外を確認してしまって、ライアーさんはおかしそうに笑った。

「大丈夫だ。昔、俺が飛行船に乗っていた時の話さ」

そして話し出す。

「今日のように晴天で、穏やかな日だったな。俺は紅茶を楽しんだ後に、窓を見ておしゃべりをする余裕さえあった」
「上手な操縦士さんだったんですね」
「でも突然、上から叩きつけられるような光が落ちて、意識が吹き飛んだ。次に目を開けた時、晴天だったはずの空は真っ暗でね。驚いたよ。雷が真横を走っていた」
「嵐ですか!」
「ああ。気を失っていたのは一瞬だったが……揺れがひどくて立ち上がれなくてね。機関室に走って行く姿を確認するのがやっとだった。あとで聞いた話だが、俺は頭を打っていたらしい」

ライアーさんは苦々しい顔をして、「まったく、なんのために乗ったんだか……」とつぶやいた。
そして、

「頭にだけは気をつけろよ」

ボクを帽子ごしにぐりぐりとなでて、やさしい目をした。



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