004


「大変なことになったな」

 ライアーは、甲板に立つレイトンへ話しかけた。

 視線の先の海では、鮫が複数泳ぎ回っている。巨大なクラウン・ペトーネ劇場は、いまや豪華な客船になって、みるみるうちに陸から離れようとしていた。街の人が騒いでいる様子が、小さくなっていく。

「こんなことが起こるのは、君の物語の中だけにしてもらいたいね」

 淡々と言うレイトンに驚いて、ライアーは真横を振り返った。

「……レイトン、何故俺が小説を書いていると知っているんだ」
「寝言で言っていたよ」

 ライアーの副業は小説家だ。しかし、その話をレイトンにしたことは一度もなかった。

「い、いつ?」
「かなり前。具体的に言うと、21歳くらい」
「大学から知ってたって言うのか!?」

 あまりの衝撃に、ライアーの表情が崩れた。羞恥に顔を赤く染める。聞かれるたびに苦労してはぐらかした数々の思い出が脳裏に甦り、内心でのた打ち回った。ずいぶんなピエロだ。

 レイトンは、そのつぶらな丸い瞳を瞬きもせず、

「ここから飛び降りるのは無理なようだね」

海を見つめて淡々と言った。
 天気の話を終えただけのようなレイトンに何も言えず、ライアーは動揺を押し殺して言う。

「そうだな」
「どうにか策はないものか……」
「そうだな」
「そういえば、新作読んだよ」
「話を戻すな」
「ユニークかつエキサイティングなストーリーだった」
「お前、娯楽小説は読まないはずじゃ……」
「ミストハレリの図書館で本の話題になってね。久しぶりに読んでみようかと思ったら、君の本が並んでいたんだ」
「………そうか」
「主人公が次々とナゾを解き明かすところは、とくに爽快だったよ」
「そ、そりゃどうも……」
「次回作は、船の旅なんかどうだい?」
「わかった、わかったから。続けるのはやめろ」

 ライアーは複雑極まりない顔でレイトンを見る。そして、「すまん。ありがとな」と答えた。


***




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