アフター・アンブロシア
ライアーが通りを歩いていると、オープンカフェのテラスが目に入った。
茶色の柵に囲まれ、鮮やかな緑が飾られた、赤い看板の店。
何気なく目をやって、見慣れた顔を見つける。
非常に驚いて、ライアーは早足になって店へ向かった。
ある一脚の前へ立つ。
「おい」
ライアーは、カップを片手に新聞を読む男へ声をかけた。
「…おや」
男が顔を上げる。そして、
「やあ、兄さん。ごきげんいかがかな?」
彼は新聞を畳んで、人の良い笑顔を浮かべた。
対照的に、ライアーの眉は寄ってしかめっ面を作る。
ライアーは椅子を乱暴に引いた。向かいに腰かけると、オーダーを取りに来た店員へお茶を頼む。
店員が去ると、微笑みを浮かべながら自分を見る男を一瞥。
そして機嫌の悪そうな顔で、ライアーは口を開いた。
「『やあ、兄さん』じゃない。おまえ、」
――デスコールだろ。
「…流石だなライアー」
男が、テノールを響かせて楽しそうに笑った。
「君にはやはり隠せないな」
「当然だろ」
ライアーはぶっきらぼうに言う。
「俺が双子だったなんて、聞いたことがない」
男は、向かいに座るライアーと、まったく同じ顔をしていた。
顔だけではない。髪も、帽子も、ジャケットも靴も、普段ライアーが身に着けているものすべてと同じであった。
もしもライアーが今日、新しく仕立てた服を卸さずにいたのならば、おそらく周囲は見分けがつかなかったことだろう。
「この姿なら、こうした時に余計な説明がいらないだろう?」
「ああ、直ぐにお前だとわかったが」
「君の癖は心得ているのでね」
リスクは高いが有効な方法だ、とデスコールはお茶を飲む。
「……気味が悪いな」
ライアーはなんとも言えない表情でその様子を眺めた。
自分と同じ外見で違う声、違う表情、違う所作が披露されるのは、かなりの違和感であった。
「君は慕われているようだな」
「…?」
「助手のお嬢さんがレイトンを送った帰りだと言うので、乗せてもらった」
「は!?」
デスコールはククと喉を鳴らして笑う。
「またぜひ乗せてくれと言っておいた」
「嫌がらせのつもりか、お前!」
「なにを。お前ならそう言うと思ったまで」
ライアーの向かいで、デスコールはぬけぬけと言い放った。
ライアーが震える。その震えは果たして怒りか、それとも恐怖か。
タイミングよく紅茶が運ばれてきて、ライアーはそれを口に運んだ。にやにやとデスコールが笑っている。
半分ほど一気に飲み干したところで、ライアーは一呼吸ついた。大きく息を吐いて、カップを置く。
「聞いたぞ、お前。ものすごい立ち回りを演じたって」
「耳が早いな。感心するよ」
「無理するな。たしか、怪我をしていただろう」
ライアーが呆れたような、怒っているような顔で言う。
デスコールは、喉の奥でくつくつと笑った。
「まさか、心配だとでも?」
ライアーはぴくりと片眉をあげ、カップを置いた。
「当たり前だろ」
上機嫌なデスコールとは逆の表情をして、「俺はお前の、」と続ける。
「、 」
デスコールは、続く言葉を黙って聞き眺めた。
そして、芝居がかった動きで“やれやれ”といったように手を広げる。
「私を誰だと思っている、ライアー?」
「なんだって?」
「それには及ばないさ」
ライアーの顔で、デスコールが楽しそうに目を細めた。
「それより、面白い話があるのだが――」
そして物語は、次のナゾを綴る。
END
……to be continued?
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