01 花かおる谷


次の地点へと向かっていたレイトンたちは、突如揺れ出したボストニアス号に驚いて声を出した。
おのおの、ソファーに捕まって耐える。しばらくすると揺れは収まり、船は安定を取り戻した。風にあおられたようだった。

「すごい揺れでしたね…。ひっくり返るかと思いました」

ルークが、言いながら帽子を被り直した。レイトンも、押さえていたシルクハットのつばから手を離す。
彼が紅茶のカップを置いたのと、運転席のレイモンドが、申し訳なさそうに振り向いたのは同時だった。

「皆様、お怪我はございませんでしたか?」

レミが首をふり、笑って励ましの言葉をかける。

「なんともないみたいです。すいません、レイモンドさん。ルークったらちょっと恐がりなんです」
「急に向かい風が強くなりましてな。このレイモンド、天候を読み違えるとは面目次第もありません」
「たまにはこんな日もありますよ。あんまり気にしないでください」

ソファーにいたライアーは、読みかけのまま指を挟みこんで閉じていた本を、ふたたび開いた。
考古学者ドーン・ノーランの『古代史』。この船に備え付けの歴史書だ。サーハイマンの私物だった。

「……。次の目的地は、どこだったかな…」

文字が滑り、いまいち頭に入らなかったので、ライアーは誰にともなく訊ねた。

「我々の行き先はマリードール。牧畜や小麦の栽培を産業とする、山の谷間に存在する美しい村だ」

答えは、斜め向かいに座るサーハイマンから来た。
サーハイマンは、飲みかけの紅茶のカップを、実に優雅に口に運ぶ。ライアーは本を置き、山か、とつぶやいた。

「…力を感じます。アスラントのとても大きな輝きが、この近くにあるようです」

アーリアが、目を閉じて口を開いた。

「あら。なんだかアーリア、自信たっぷりって感じね」
「なぜでしょう、強い力に導かれているような気がするんです。もしかしたら、そのせいかも」

目をふせ、自分の心に尋ねるように。アーリアは胸へ手を当てた。

「幸先いいじゃない。アスラントの力も、私たちの旅を応援してくれているのかもね」

レミが嬉しそうに、アーリアの肩へ手を乗せる。アーリアも、そんなレミに微笑みで答えた。




マリードールに到着した一行は、深々とお辞儀をするレイモンドに見送られながら、ボストニアス号を降りた。

風がさわやかに流れている。足元の牧草や花がゆらゆらと揺れ、まるで踊っているかのようだった。
山頂に雪が残っているのは、標高が高いせいだろう。遠目に風車がいくつも見えて、レミが嬉しそうに言った。

「自然ってあんなに大きなものを動かしてしまうんですものねえ。とっても興味深いです」
「天気もいいし、のどかで良いところだな。海でも山でも、穏やかな自然は心が洗われるよ」

ライアーは、目元を和らげながら体を伸ばした。

「いっそ、ここらで少しゆっくりするのもいいんじゃないか?」
「そうですね。アーリアもエッグは近いって言うし、調査しながら観光っていうのも楽しそうですよね」

レミが、弾んだ心を隠しきれない様子で言った。
一足先に進んでは、振り返って興奮気味に景色を報告するレミ。後に続くレイトンが笑って、

「はは、ここはレミの腕の見せ所かな。いい写真を期待しているよ」
「任せてください。バシバシ撮っちゃいますよ」

レミはウインクをひとつして、さっそくカメラを構えた。
レイトンとサーハイマンが並んで立っているのを撮り、ウサギをもふもふと触るルークとアーリア、そしてそれを見ているライアーを一枚に収め、

「あらっ、なんだかあそこにいい雰囲気のおじいさんがいますね。1枚撮らせてもらおうかしら」

すみませーん! と言って、ウシの世話をしていたらしき老人に手を振った。

「おやおや、旅の人かね。こんな田舎によく来なすった」
「お写真1枚、撮ってもいいですか?」
「ほほ、お嬢さんのカメラかね。こんなじいさんが写るなんてのう。どれ、ポーズ」

老人は、快く応じる。

「いい感じです。もう1枚!」
「ほっほ、いいカメラがもったいないよ」

レイトンたちも追いついて、老人に挨拶をした。
ルークはウシを見て、アーリアとなにかを話した。どうやら、ウシにも挨拶をしてみたようだった。

「撮るなら村の花嫁にしたらどうだね。もうじき嫁入りがはじまるから」
「こんな天気のいい日に結婚式なんて、最高ですね」
「おやおや、お嬢さんみたいな美人さんがお嫁に来てくれるなら、うちの村はいつでも大歓迎だ」
「もう、お世辞が上手なんですから」

老人の言葉に、レミは照れて「ふふっ」と笑った。
ライアーは、本当にのどかな村なのだなと思った。おそらく結婚式が村最大のイベントで、みんな楽しみにしているのだろう。
それならばと、一行は結婚式を見学させてもらうことにした。老人が、この道をまっすぐ行けばすぐ着くと説明する。

「今回は素敵な結婚式の写真も撮りつつ、エッグも手に入れちゃいましょう」
「頼もしい限りだ。それでは、村へ入ってみよう」

レイトンとレミが、顔を見合わせて楽しげに笑った。


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