ラビリカルチュレーション01


魔女がいないとわかり、俺は騎士という仕事をヤメることにした。

もともと訓練なども、あまり熱心なほうではなかった。
実戦さながらの手合せのよりも、行進で披露される演武のほうが好きだったくらいだ。
どことなく今になって考えると、契約を交わした時の選択が間違っていたのだろう。つまり、騎士がはじめから合っていなかったのだ。

自警団のアバレロ団長は、熱心に居残りを勧めてくださった。
本部から派遣されて3か月、一緒に鐘楼を警備していた程度の仲であるというのに、ありがたいことだ。すこし申し訳なく感じる。

盛大に見送られ、俺は気恥ずかしさと清々しさの混じった感情と共に、駐屯地を後にした。
それが、数日前の話だ。




その日、俺は町を歩いていた。

町は新たなラビリンスシティとして再び歴史を刻み歩み始めたばかりで、市場は活気に満ちていた。
住人達もみな、自分たちで暮らしを作っていこうと張りきっている。
魔女に関する実用的なものの類はことごとくなくなり、裁判所はもちろん、店の看板や立札も変化している。驚くことに、図書館からは大半の本が消えたという。

これほど浸透していた“魔女”という存在がまやかしだったという衝撃は、いまだに俺の中に根強く残っていた。
一部では、すでに観光に転用する案も出ているらしい。まったくこの町の住人は、一応騎士だった俺よりもよっぽどタフだと思う。頼もしい連中だ。
まあ、俺だって……一年後くらいにはすっかり昇華して、魔女の仮装なんかできるくらいにはなりたいよ。
……なんて冗談を、少しは言えるようになったのだが。


共用の井戸が目に入る。
体質改善のため、井戸は閉鎖されることが決まっていた。本国から水道を引くらしい。
自分は体力もあるほうだと思うし、しばらくは設備関連の工事を手伝うのもいいかもしれない。

とりとめなく考えながら井戸を眺めていると、ふいに後ろから声を掛けられた。

「ハァイ」

振り返ると、そこにいたのはメロメロだった。
あの鐘楼が現れたころ、結成された自警団に所属していた女だ。
共同警備ということで派遣された際にチームを組まされ、フマレティーやゲボークに羨ましがられたり熱く語られたりした記憶がよみがえる。
あの時は
「いくら自分と友人同士であるといっても、仕事中に絡むのはカンベンしてもらいたい。騎士の威厳というものがあってだな」
などと言って切り抜けたが。

「騎士、ヤメたんですってね」
「ああ」

その時に植え付けられた苦手意識が、どうにも拭えないようだった。
俺はなんとなく身構えながら、彼女の後ろを見た。

「……今日はあいつら付いてないんだな」
「あら。彼らにだっておシゴトがあるわよ」
「お前も自警団をヤメたのか?」
「ええ。今はただのメロメロよ。覚えて帰ってね」

メロメロは腰に手を当てる。さすがに立っている状態で足を組み替えることはなかったが、投げキッスと口上は所属時そのままだった。

「ところで」
「何か用か?」
「ねえ。――ウチに来ない?」
「……。なぜ?」
「アナタが欲しいの」

俺は、言われた言葉を反芻する。
一般的に考えて、――いや、考えたくはないのだが――、単語から推測するに、コレは男女の誘いだろうか。
たしかにメロメロは美女の部類に入るし、そんな女から誘われるのは名誉であると言えるかもしれないが。

「……話が見えないんだが」

“この世には踏まれる人間と踏む人間の二種類しかいない”と熱弁するゲボークが、深く陶酔する彼女だ。
俺はどっちでもないし、その世界に足を踏み入れる予定もない。その勧誘ならば、断わらなくてはならなかった。

「アナタの演武、ステキだったわ」

メロメロは長い髪を片手でかきあげた。
アバレロ団長以外にも残留を希望してくれた住人の多くが、自分の剣捌きをまた見たいと言ってくれていた。
メロメロも、そんな観客の一人だったようだ。

「そうか、ありがとう」
「また見たいと言った人もいたんじゃない?」
「ああ。だが、俺はもう騎士には戻らない」
「あら。実は剣がキライなの?」
「………いや」

実のところ、ヤメてからも幾度か剣を取ったことがある。
もちろん喧嘩ではない。人に見せたことも無い。ただの未練だ。
町の人が声をかけてくれるたびに湧く複雑な感情。もう披露する機会がないことによる――つまり、寂しさだ。


「ウチでその腕を揮う気はないかしら?」

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