庭が美しい理由について
その庭は、たいそう美しいことで有名だった。
レドール邸――モンテドール創始者である大富豪、ヘンリー・レドールの住む家。個人宅であるにもかかわらず、いつしか噂を聞きつけ庭園を見たがる者が絶えなくなり。
ついには期間を区切って、その一部を解放するかと言われるほどのものであった。
さすがは大富豪、さぞ有名な庭師を雇っているのだろう。
いや、あれは主人が直々に手を入れているらしい。
そんなまさか。あり得ない。
しかし、かのレドール氏はモンテドールをここまでにしたお方。庭木の乱れも許さないのでは。
噂好きの人々によって、たちまちモンテドール中に流れたその話は、当然、カジノスコーピオンのオーナー、ギランの耳にも入っていた。
「ヘンリー様」
ある時、ギランはヘンリーを呼び止めた。会合の終わった会議室でのことだった。
「ひとつ、質問があるのですが…」
「はい、なんでしょうか」
ふりかえったヘンリーの顔色は、悪くはなかった。しかし、健康的とも言い難い、白く色素の薄い肌。
もしかしたらそれが常であるのかもしれなかったが、ギランは、溌剌とした創始者を見たことがなかった。
「街中で、ある噂が話題になっているのはご存知ですか?」
「噂……ですか?」
「そうです」
ヘンリーは、覚えがないようだった。きょとんと目を丸くし、澄んだ瞳を一二回、瞬いていた。
「どんな噂でしょうか」
「……。ヘンリー様のお庭が、たいそう美しいと」
ギランは一瞬迷って、まず言った。
「ああ…、それなら聞いたことがあります」
ヘンリーは頷き、対策を考えているところだと答える。「さすがはヘンリー様」とギランは満足気に微笑みながら、
「では、あの庭をヘンリー様が管理していらっしゃるとは、本当なのですか?」
本題を口にした。
「ええ、私が管理しています」
「お一人で、ですか?」
「はい」
「こんなにもお忙しいのに?」
ギランは驚いて、つい声を大きくした。ヘンリーはいまいち把握できずに、困惑しながら頷きを返す。
「そうですが……」
「なぜ、庭師に任せないのですか?」
「それは、私がやるべきことだと思っているからです」
「しかし、貴方様のやるべきことは多すぎやしませんか? 少しくらい、私どもに任せてくださればよろしいのに」
いくら有能といえども、人の体力には限界があるものだ。
ヘンリーは街のあらゆるところに目を向けているし、重要な事項も数多く握っている。彼に倒れられては、モンテドールにとって街の生死に関わる経済危機となるだろう。
なによりギランは、人の何倍も働く創始者のことを心配していた。取り除ける苦労ならば手伝いたかった。
「私どもでは不服ですか?」
「そんなことはありません。みなさんには、いつも助けていただいています」
「ならば、理由を仰ってください。それによっては、引きさがります。私は、ヘンリー様の力になりたいのです」
「……どうしても、言わなくてはいけませんか?」
「こればかりは、いくらヘンリー様でも譲れません」
「………」
ギランは、困ったように眉を寄せるヘンリーに詰め寄った。ヘンリーを敬愛するギランとしては、ここで曖昧に濁されるわけにはいかなかった。
ヘンリーはしばらく青い瞳を彷徨わせていたが、やがて、意を決したように目線を定めた。左右を見渡し、人がいないことを確認する。
「あまり、人に言わないでいただきたいのですが…」
「ええ。このギラン、約束はやぶりません」
こっそりと小声で耳打ちされた言葉に、ギランはいたく感激してヘンリーと別れた。
つるつるに磨き上げられた窓が並ぶ廊下を、いっそステップでも踏んで踊りたい気分だった。同時に、これを人に言えないことを、非常に口惜しく思った。
「やはり、ヘンリー様は素晴らしいお方だぜ……」
そしてギランは、この謙虚で慎み深い、奥方想いの創始者に一生ついて行こう、と固く心に誓ったのだった。
『あの庭は、シャロアたちが見る庭なので。他の誰でもない、私がやりたいのです』140217
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↓以下語り
garakuta SOKOのロッタさまに捧げます
庭について再考したら、理由のひとつに“家にいがちのシャロアやランド母のため”とかあったら涙腺に来るな…!と思い。ヘンシャロなら「シャロアが」なんですけど、ヘンリーの行動はそれ以上の言葉にできない複雑な気持ちが詰まってると思ってしまいます(シャロア・ランド母・帰ってくるランドとか)。
ヘンリー語りにお付き合いいただき、ありがとうございました!
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