ある茶席の遍歴について


その日、ヘンリーは初めてランドに紅茶を持って行った。
うまく淹れられるようになったし、一人で茶器を運ぶことも許されたからだ。
ドアをノックし返事を待つ。しばらくして、どうぞ、と固い声がした。

「ランド様、紅茶をお持ちしました」
「ヘンリー!」

とたんに、部屋の主であるランドの声色が明るくなった。
ヘンリーは茶器をテーブルに移し替え、習った通りにセッティングを行う。
部屋は本や紙や、よくわからないもので散らかっていた。衝動のままに書きなぐった跡が見える。ランドはついさきほど父親と喧嘩して、部屋に閉じこもっていたのだった。
彼は本を床に置き、跳ねるようにして、とても御曹司とは思えない動きで椅子へ座った。

「おやじ、まだ怒ってるか?」
「はい…」
「ふーん」

ランドは多少いじけた声で唸り、

「べつにいいけどさ」

さもよろしくない様子でつぶやくと、テーブルの紅茶を見た。紅茶は暖かそうで、香しい湯気でランドを誘っている。
ふと、ランドがわずかに目を大きくして言った。

「あれ? おまえの分は? ヘンリー」
「え?」
「一緒に飲もうぜ。ひとりじゃつまんないだろ」
「ぼ…わたし、の分はありません」
「どうしてだよ?」
「どうしてって…」

ヘンリーは戸惑った。主人にお茶を頼まれて、自分のカップを持って来る執事などいるはずない。当然のことだった。

「しつじ長が、主人と一緒に飲むものじゃないって」
「おれがいいって言ったらいいだろ?」
「それに、だんな様も…」
「おやじの言うことなんか聞くなよな」

ランドは不満げに口をとがらせた。

「………」

ヘンリーは困ってしまって、眉を思い切り下げた。自分はランドの父親に従うべきであるが、しかし目の前の彼の不満も解消すべきとも思えた。
息子ということは主でもあるし、なによりその言葉がうれしかったのだ。

「でも…ぼくは使用人だし…」
「………わかったよ。じゃあ、飲み終わるまで部屋にいるのは?」
「それは、下げてくるように言われたから大丈夫です」
「よし!」

その日、ランドはいつもより時間をかけて紅茶を味わった。


 *


別の日。その日は、ランドが自らヘンリーを呼んだ。
客人が来ているから、紅茶を入れてくるように。カップは4脚。
ヘンリーは紅茶と、言われた通り4客のカップを持って部屋へ向かった。ノックをし、返事を待つ。はーい、という明るい声と、早く入ってこいよ!という大きな声がした。

「失礼します。ランド様、紅茶をお持ちしました」
「ヘンリー!」
「こんにちは」

そこには、部屋の主であるランドと一人の女性がいた。ランドの長馴染みであるシャロアだった。
ヘンリーは茶器をテーブルに移し替え、習った通りにセッティングを行う。
部屋は本や紙や、考古学関連のもので散らかっていた。放り出された鞄が見える。ランドはついさきほどまでシャロアに考古学談義をしていたようだった。
彼は本を机に置き、跳ねるようにして、とても御曹司とは思えない動きで椅子へ座った。シャロアも腰掛ける。

「…? 二人ですか?」

ヘンリーが、部屋を見回して言った。

「兄さんは、ちょっと席を外してるわ」
「トイレだ」
「ちょっとランド! せっかく誤魔化したのに…」
「なんで誤魔化すんだよシャロア?」

ランドはきょとんとして、シャロアのほうを向いた。シャロアは怒っているような、わずかに恥ずかしそうにしていた。

「ランド様、それでも1客余ります」

数え間違いですか? とヘンリーが聞くと、さらにランドは目を丸くした。

「何言ってるんだよ。ヘンリーの分だろ」
「え?」
「ほら。はやく座れって」

ランドは、両肩を持ってむりやりヘンリーを席に着かせた。

「ランド様。私は…」
「いそがしいのか?」
「いえ、忙しくはありません。でも…」
「俺がいいって言ったらいいんだって。今日はおやじいないし」
「ランド様…」
「嫌なのか?」

ヘンリーは困ってしまって狼狽えていた。しかし、やがて諦めたようにためいきをついて、微笑んだ。

「わかりました」

その日、ヘンリーはいつもより甘く美味しい紅茶を味わった。


 *


また別の日。その日は、シャロアが庭に出たいと言った。
良く晴れた明るい日で、薔薇のレドール邸と呼ばれた美しい庭だった。
白いクロスにセットされたティータイムセットは2客あった。どちらもぴかぴかに磨き上げられて、まぶしいくらいに光っていた。

「おまたせ」

シャロアが言って、一脚のカップをテーブルに置いた。紅茶を注ぐ。

「変わってないな、お前は」

ランドが言って、押さえつけたままにしていたヘンリーの肩から手を避けた。そして、向かいの椅子に座った。

「ヘンリーはいつも自分の分を忘れるんだ」
「私といた時もそうだったわ。慣れたと思ったのに」

二人が口々に言って、ヘンリーを見た。そして声をそろえる。
ヘンリーは困ってしまって、けれど嬉しそうに目元を綻ばせた。

「「主役なのに」」

その日、ヘンリーは誕生日だった。


彼は知るよしもないことであるが。
この後は、騒がしいモンテドールの住人による、いつも以上に優しく暖かい時間が来る予定である。



END

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コメントよりお話が膨らみました。
ロッタさまありがとうございます!


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