待ちの創始者と准教授02
「いやー、ちょうどいいところに。レドール氏」
「マーフィーさん」
道を歩いていると、会計士のマーフィーさんに呼び止められた。私は、来年のカーニバルについての会議へ向かうところだった。
「これを見てくださいますかな」
言って、彼が差し出したのは一冊の本だった。
「ダルストン氏がですね。“この街のことだろう”と言って持ってきたんですがね」
「ダルストンが?」
本を受け取る。
どうやら空想小説のようだった。中表紙に、遊園地の挿絵がある。
「もしこの街がモデルだとしたらですな、権利関係で儲けることができるんじゃないかと言っているんですな」
モンテドールもずいぶん有名になった。
この街の逸話が広く知られるのは私たちの希望でもあるから、取材や見学の話は無償で受けるようにしている。その甲斐あって、年を追うごとに動員数は増加していた。
私たちの探し物は、いっこうに見つからないままであるが。
「そのあたりのことは、全てお願いしていたはずです」
「ええハイ、ですからお断りしましたとも。ですのに食い下がるものですからねー、ハイ。これは何かあるなと」
「………」
「聞いてみた所ですね、なんとダルストン氏はこの方のファンだったみたいなんですな」
「ファン?」
「会ってみたかったんでしょうね。アッ、これは秘密なんでした」
マーフィーさんは手を口に持っていったが、
「ダルストン氏はそんなことないとおっしゃいましたがね。本を見れば、そんなことはすぐわかってしまうのです、ハイ」
押さえるそばから言葉が漏れていた。
ページを捲る。よく読み込まれているようで、ところどころ紙が曲がっている。
“最後に、物語の構想モデルとなったカーニバルの街をご紹介したい。”
この一文で始まった文は、たしかにこの街への謝辞が述べられていた。
「宣伝はありがたいことですがね。この方は人前に出ない方で、ハイ」
「そうなのですか?」
「エエ。お会いするのは無理でしょうな」
“煌びやかな光が空を舞い踊る夜。人々は様々な衣装を着て歩き回る。”
“その光景は実に幻想的で、旅人は、おもちゃ箱に招かれた冒険者の気分を味わえるだろう”
(おもちゃ箱…)
私は文章をよく読んで、著者の欄を見た。そこには名前と、過去作品の題名が並んでいるだけだった。性別さえなかった。
しかし私は、おそらく著者は彼なのではないかと思った。そう感じる根拠が、所々にあった。
「ダルストンには、断られたことにして話をつけてください」
「実によい考えですな。本人から断られたとあれば、氏も承知するでしょう」
私はマーフィーさんに本を返して、あらためて会議へ向かった。
カーニバルが始まれば、モンテドールの街は光に包まれる。楽しげなおもちゃの箱庭。幻想的な夜の世界だ。
来年はいっそう派手に騒ごう。
彼へのお礼と。いつか必ず戻ってくるランド様はもちろん、もしかしたらまた来るかもしれない彼を迎えるために。
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ヘンリーやランドは目利きだと思います(131114)
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