緘黙のブルーマイル


夜。暗闇で、二人の男が向かい合っていた。
消えかけた街灯が点滅し、時おり強く光る。辺りに人は居らず、写し出される影はふたつだけであった。

待ってくれ、俺はちゃんと任務を遂行したじゃねぇか!

男の声がした。
焦りの見える声だった。濁った響きを伴って、声は暗い路地裏に落ちた。

いくらスコットランドヤードに無能が多いといっても、あんな粗末な出来では困るのですよ。

別の男は言った。
落とされた声は、凛とした響きでもって、静かに空気を震わせる。
冷たく落ちついた声で、むしろ、感情が見えないと言っても良かった。

靴のことなら謝る! あれは履き替えたほうが良かった! 俺のミスだった!
そうですね。あそこは特徴のない量産型を使い捨てるべきでした。

絡みつく声と留まらぬ声。泥と水のような、対照的なふたつの音色。
まるで責められているように、男は狼狽えながら弁明を立てた。
もう一方の男は口を閉じ、吐き出される単語を聞き流していた。

やがて、男が言った。

足が付くとも限りません。次は気をつけたほうがいいでしょうね。

そして続けた。

もっとも、貴方に“次”はありませんが。




どさり。と鈍い音がした。
それきり路地裏は静かになって、ただ一言。
呆れるような見捨てる声が、初めて感情を含ませて落ちた。

「夜は冷えますね」

男の口元に三日月が咲く。




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「ブルーマイル、今朝見つかった凍死体のことだが」
「はい」
「身元不明のホームレスだそうだ。彼について、なにか知っているか?」
「そうですね。一度見かけたので、話をしました」
「何を言ったか覚えているか?」
「夜は冷えますね、と。亡くなったのですか?」
「ああ。手間を取らせて悪かったな。仕事に戻ってくれ」
「はい」





緘黙【かん-もく】
意図的に黙ること。

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こちらも螺涼さんに捧げます


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