---

○月×日。晴れ。ロンドン市内で事件発生。
ストリートにある宝石店の窓ガラスが割られ、宝石が数点盗まれた。犯人は逃走、未だに検挙ならず。
ひとつ妙なのは、金目のものとともに、金になりそうもないものまでも盗まれていること。

「それで、オレが呼ばれたわけか」
「お疲れ様っす、先輩」

言って、オレの後輩であるポリスは敬礼をした。
署内にいた自分よりもコイツが先に来ているのは、彼が外にいたからなのだが、

「……で、なぜ捜査官がここにいるんだ？」

割られたガラスを背景に、動き回っている人物がいた。白い手袋をはめ、地面を熱心に見ている。
褐色の肌に、整えられた白い髪。濃い色のジャケットを羽織った彼は、ロナード・ブルーマイル。スコットランドヤードの上級捜査官だ。

「おや、こんにちは」

呟きを聞きつけたのか、ブルーマイルは顔を上げた。

「ブルーマイル上級捜査官。今日は非番では？」
「用事が早く済みましたので」

訊ねると、ブルーマイルは簡潔に理由を述べた。再びしゃがむ。そして、床を調べ始めた。
上級捜査官の中には、調査は全て補佐役に任せ、自分は報告だけを行うといった人間もいるのだが、彼は現場にもよく出てくる。
徹底的な現場主義、効率主義、証拠主義者の彼は、ポリスたちの調べでは不満なのかもしれない。

「ワザワザ来てくれたんすよねー」

ポリスがへらへらと語りかける。
スコットランドヤードに来たときから、ブルーマイルは次々と難事件を解決していた。
ついに先日、上級へ昇格したこともあり、若いポリスの間ではちょっとした有名人だ。
憧れている者もいるらしい。おそらく、コイツもそうなのだろう。

「近くにいましたし、少しでも多くの事件を解決したいですからね」
「さすが上級！　刑事の鏡っすね！」

ポリスは感心して頷いていたが、ブルーマイルは顔を上げないままだった。

「…ふむ」

しばし手を左右に動かし、ブルーマイルは動きを止めた。
興味深そうに、残された足跡を眺める。

「これは、一連の強盗事件と同じ犯人ですね」
「…なに？」
「まじっすか？」

一連の事件というのは、最近市内で起きている連続コイン強盗事件のことだ。
目撃者が少なく、いまのところ犯人は見つかっていない。しかし、先日重要な証拠が発見されたところだった。

「この足跡」

ブルーマイルの長い指が、残された足跡を差す。

「あの犯人と同じものです。この靴は生産数が少ない限定品で、持ち主は限られてくるのですよ」

言って、ブルーマイルは立ち上がった。
足跡は決して綺麗に残っているわけではなかったのだが、ブルーマイルには判別できたようだ。

「覚えてるんすか？　スゲーっすね！」
「このくらい、どうということはありません」

ポリスがファイティングポーズを取る。興奮しているようだった。

「おい、感心してないで本部に報告して来い！」

オレが怒鳴ると、ポリスは「あっ、すいません！」と敬礼して駆けていった。
これで事件は解決だ。
解決…なのだが、担当でもない、しかも非番の上級捜査官に手柄を取られたとあっては、どうにも立つ瀬がない。

「あー…それで、捜査官。犯人はどうしてこれを盗んでいったんでしょうね」

なんとなく気まずい思いを抱えつつ、オレは報告メモを見た。
金目になりそうもない妙なものとは、店主の趣味であるスクラップブックだった。
歴史オタクだという店主の証言によると、宝の地図らしい。馬鹿馬鹿しい話だ。

「さあ。動機には興味がありませんので」

ブルーマイルは手袋を脱ぐと、優雅さを感じられる動きでポケットへ仕舞った。
彼も、スクラップブックには重要性を感じていないようだった。

思い起こせば、オレが彼と現場で会ったのはこれ一度きりだったのだが。署内の印象とは、かなり違った雰囲気であった。
彼は話の間中、現場ばかりを見ていたのだ。一度も振り返らず。目も合わせず。
会議室では、それ以外見るものがないのかと言いたくなるくらい、相手の目を見て会話していたというのに。

「なにかないですか？」
「そうですね。強いて意見を述べるとしたら――…」

今は何故か、その時の捜査官の横顔が、妙に残っている。

「私ならば、もっとうまくやるだろうということくらいですね。」




『ある警官の話』（131215）

--------
ぺぃぱぁどぉるの螺涼さまに捧げます。
ブルーマイルのお話ありがとうございました！！


銀行強盗の話にしようとして、レイトン界って銀行あったっけ？となり、まさかひらめきコインってみんなのタンス貯金なのでは…！？とまで妄想が肥大しました。
ブルーマイルさんは、どうとでも取れる言い方の勘違いを否定しないで物事を運びそう。嘘は言ってないですよ？って。本当は「少しでも多くの事件を解決し（て上へ潜り込んでしまい）たいですからね」だったりするような。
あと、解明以外にはあまり興味なさそうです。会議は警察観察の場だから相手を見るけど、現場の主役は事件。現場＞被疑者＞その他　みたいな。

＊｜♯

---

[list/book top]