事件前夜と准教授


「連続窃盗事件、…ですか?」

 スコットランドヤードに来たライアーは、聞いた言葉をくり返した。
入口ロビーにある椅子は張りがあり、どことなく警察の心意気を表しているような気がする。

 しかし、自分の隣に座る人物は、椅子のような緊張感があまり見られないノンビリとした声であった。

「そうなのであります。目下捜査中なのであります」

 ヤードの制服である帽子をかぶり直しながら、バートン巡査が答えた。

ライアーは「ふむ」と息をつき、顎に手をあてた。記憶をたどる。
すると、前に見たロンドンタイムズの一面に、大きく見出しが掲載されていたことを思い出した。
ただ近頃は忙しく、新聞を読むのもままならない生活であったせいで、見出しと広告欄をチェックするのみ。
流し読み程度の知識では、いくら頭を捻っても詳しい内容を思い出すことはできなかった。

「……それは、いったいどういうものでしたか?」
「知らないのでありますか?」
「最近、どうにも忙しくて。読む暇がないのです」
「それはそれは…、お疲れ様であります」
「ありがとうございます。しかし、そちらも大変でしょう?」

ライアーが礼を言って労いの言葉をかけると、バートンは大きく首を振った。

「疲れているのは警部のほうであります。私など、まだまだなのであります」

バートンがのそりと椅子から立ち上がる。
そしてズボンのベルトを持ち上げる仕草をして、時計の時間を確認した。

「だから、小さな情報でも欲しいのであります。レイトン教授の友人であるあなたなら、なにかピカラッとひらめくものがあるのではないかと思うのであります」

バートンはもう一度座り直し、ライアーに言った。
ライアーが苦笑する。

「俺は、別にナゾ好きというわけではありませんが…」
「そうなのでありますか?」
「しかし……そうですね。案外、シロウト目線がなにかの役に立つかもしれない」

そう言うと、ライアーは手帳を取り出し、ペンを握った。
開いているページを開いて日付を書き込む。

「よろしければ教えてください。言えるとこまでで構いませんから」
「ご協力、感謝であります!」

音が聞こえそうなほど俊敏に敬礼をするバートン。
彼が話し出すと、ライアーは要所要所を手帳にメモしていった。静かな声と時計の針の音が、ロビー内に響く。

「――と、いうわけであります」
「なるほど……」

 ライアーは手帳を見てうなずき、首を捻った。思考を整理する。
ペンを顎にトントンと二回あてて、「これなのですが」と尋ねた。

「ロンドンから離れる船は全て調べるとのことですが」
「そうであります」
「巡航船は? お話に出て来ませんでしたね」

 バートンは思いもよらなかったといった様子で、キョトンと目を丸くした。
説明をするように、手をライアーに向ける。

「定期船は許可制でありますよ。ひっかかるはずがないであります」
「最初に許可をとった後は、そのままなのでしたね」
「そうであります」
「では、……そこに紛れているという可能性は?」

 ライアーは丸や矢印で図解を書いて、ページをバートンに見せた。バートンがそれを覗きこむ。
しかし、やがて彼は横に首を振った。

「荷物は毎回申告されてあります」
「肉、野菜、紙、布……などでしたっけ」
「そうであります。怪しいものはなかったのであります……」

 バートンはがっくりと肩を落として言った。
 ライアーはその姿を目の当たりにして、罪悪感を感じた。自分の見解がサッパリ役に立たなかったことに、少し落胆を覚える。
そして心の中で、明日レイトンにも聞いてみようと決意した。

「えーと……怪しいものがないことが、逆に怪しいかもしれませんよ」

ライアーは苦し紛れを適当に述べた。
発想を逆転させることは、論文を書く人間がよくやる手だった。論証に穴がないか確かめ、否定意見を否定できるだけの材料を探すためだ。

「! どういうことでありますか!」
「………。すみません…それはあの、えー…これから煮詰めます」

しかし、それを議論にまで持っていくほどの情報と時間を、今の彼は持ち得ていなかった。
ライアーは肩をすくめ、ごまかすように苦笑した。「レイトンにも話題を振っておきます」と言って、

「彼なら食いついてくるでしょう。アイツはナゾが好きですから、喜ぶと思います」

余暇でも多忙でもナゾトキを忘れないシルクハットを頭に浮かべた。
ツヤツヤと輝くつぶらな瞳が、すぐ目の前に見えるかのようであった。

「なんとも…! ご協力感謝であります!」
「早く解決するといいですね、巡査」

ライアーは立ち上がって帽子をかぶる。
ステッキと鞄を持ち、「そろそろ…」と言いかけた時だった。

「――バートン!!」

大きな怒鳴り声が響いた。
ライアーが振り返る。隣でバートンが、驚きでひっくり返った声を上げた。

「け、警部!」
「行くぞ!」

急ぐ様子で奥から現れたのは、バートンの上司のチェルミー警部だ。いつも片目が隠れた髪型をしているのだが、今日はそれが少々乱れている。
仮眠でもとっていたのだろうか、とライアーは推測した。

「こんばんは、チェルミー警部」

ライアーは帽子をとって軽く頭を下げた。

「む。なんだ、たしかキミは……レイトン君の友人の……」
「ライアー・トゥエインです」
「私になにか用かね?」
「いえ、もうヤードへの用は済みましたよ。お忙しそうですね」

チェルミーは「そうだそうだ」と言って、ライアーの後方に立つバートンを呼んだ。バートンが慌てて駆け寄っていく。

「事件でありますか!」
「自動車事故だ。行くぞ!」

二人は、嵐のように駆け去っていった。残されたライアーはそれを見送る。
ナゾの窃盗事件も、単純そうな自動車事故も同じ人が――、それも忙しそうな人が捜査をしなくてはならないのだから、ヤードは相当切羽つまっているのだろう。

早いところ解明するといいけど……と思いながら、ライアーは知人との待ち合わせ場所へ向かうため、そこを後にしたのだった。



END


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記憶だけで書いたので後で確かめないと…
ともあれ、サントラ発売おめでとう!待ってました!


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