准教授と不意の病


大学の長期休み。
登校していなくともおかしくないこの期間に、不在を確認する連絡はない。
専任教授も休暇、言いつけられる仕事もなし。
そんな時に動けなくなれば、一人暮らしの俺としては、当然寝込むしかないわけで。回復して医者へ行くか、その前に行くかという選択。俺は、間違った方を選んでしまったようだった。

「君は実にバカだな」

早く医者を呼べば良いのにと言う彼に、俺の現状を顧みる言葉はない。
その呆れたような顔に、動けない人間が医者を呼ぶには他人がいるんだよと説いてやりたかった。

声を出すのが辛い。頭痛がする。眩暈もある。
現状では叶わない願いに、俺はやりようのない怒りをぶつけるように、彼をにらむ。


彼に気にする様子はなかった。
それどころか、「そんな顔をするな。医者は呼んだ」とか言って、しまいには「安心しろ」などとほざくもんだから、俺はますます頭が痛い。俺の表情筋は、どうやら熱によりストライキを決行しているらしい。
彼は…いや、もう奴でいい。奴は口元に余裕をたたえた笑みを浮かべる。

腹が立つ。
馬鹿にされているという事実もさることながら、さっぱり動けない自分に一番腹が立った。

「なんだ」

奴が言った。声は出ていなかったはずだが、聞こえたのだろうか。
だとしたら、言ったのは悪口であったから、それだけは聞こえるという“地獄耳”というやつか。
それなら、奴の耳にはこの部屋に入ってから何十という罵声が聞こえているはずなのだが。
ノックに対する入るなという声から、うるさい黙れ見るな構うなどっかへ行けまで、なんとか通じないか念――というよりは怒りと言ったほうが正しいだろう――を込めて睨みつけていたのだから。

俺は偶然だと結論付けて奴を見ようとする。だが朦朧とした意識はなかなか動こうとしない。
しまいには視界がぼやけ、ついに瞼は稼動を拒否しようとした。
つまり…、眠くて、仕方が無い。

「、」
「…どうした」

聞こえない声を聞こうと、彼が近づいてくる。近寄るなバカ、うつったらどうするんだと思いながらも、傾けられた耳に言葉を残す。
言いたいことの中でも最も優先順位の高い言葉。消えかけた声でも伝わる短い単語。
曖昧な“ありがとう”でも、非を認める“すまない”でもない、端的な。

「たす…かっ…た、」

奴は聞こえたのか。
俺には判断できなかった。




その後は俺に薬の場所を説明して、不自由ないように寝室を整えて出ていった。
……らしい。

断言できないのは、俺がその前に意識を手放してしまったからで、目が覚めたときの寝室が綺麗に整っていたからだ。
彼が自分でやったとは到底思えないから、指示していったと言うほうがより正確な表現だろう。

次の日起きあがった俺の最初の仕事は、薬を飲むための水を汲むことでも着替えをするための服を探すことでもなかった。
彼が残したメモ書きの字のナゾを、回らぬ頭でなんとか解明することであった。


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