助手の彼女と雨の午後


※レミさんの正体は敵の手先なのではないか説設定(のつもりでupして結果ネタバレになったやつです)/シリアスエンド
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今日は朝から雨だった。
こんな日は中庭で食事をとることもできないし、大きく体を動かすこともできない。なんとなく気分も沈む。

私は、せめておいしいものを食べようと食堂に来た。ランチと言うには遅いが、ティータイムにはまだ早い。食堂に人は少ないようだ。
トレーを抱えて椅子を探す。とは言っても、席はがらんどう。選び放題だった。
私は適当に座った。サンドウィッチの包みを開き、それをかじる。

とくに用があるわけでもないけれど、普段の忙しさに慣れてしまった私の食事ペースはなかなか落ちなかった。これでは休憩にもならない。
一息ついて、アップルティーに手を伸ばす。ゆっくり味わうのを心掛けて、慎重に口をつけた。

「よう、レミ」

ふと、声がかかった。

「ライアーさん? こんにちは」
「今から昼食か?」
「ライアーさんこそ、今頃なんですか?」
「今日は集中力が続いてね。食べそびれてしまったんだ」
「そうなんですか」

包みの乗ったトレーを持ち目の前で笑う男性の名は、ライアー=トゥエイン。
このグレッセンヘラーカレッジの准教授で、私が助手を努める考古学者、レイトン教授の友人にあたる。
助手が教授を目指す立場であるということを考えたら、上司よりは同僚の感覚に近いのだろうか。なんとなく、好意的に胸襟を開かれているような気がする。

「ここいいか?」
「ええ」

ライアーさんは向かいの椅子を引いた。
トレーの上で包まれていたのはサンドウィッチだった。私が食べたものと同じ種類のようだ。セットの飲み物は、どうやら牛乳のようだ。

「今日は急ぎの予定がなかったから、勢いづいている時にやってしまいたかったんだ」
「観察があるって言っていませんでしたっけ?」
「中止になってしまったよ」

小雨くらいなら平気でやってしまうんだが、とライアーさんは苦笑いを浮かべた。私も笑う。

「私も、体を動かしたかったんですけど」
「この雨だもんな」
「調子が狂っちゃいますね」

他愛ない会話が心地よい。
私は紅茶を飲んだ。甘い味が心を癒す。おしゃべりをはさむと、食事のペースも自然と落ちた。

ようやく気持ちが落ちつけそうだった。

「そういえば、研究は進んでるか?」
「――え?」

急に訊ねられて、私はまばたきを返した。次いで焦る。

私の目的は、論文を発表して教授になることではない。レイトン教授の助手になることだ。
当然、研究なんてしているはずがなかった。

私はうまい言い訳を探す。
常ならばすぐに思いつくそれらが、今日に限ってなかなか出てこなかった。

「あいつはなんでもかんでも首を突っ込むからな。助手の仕事が忙しくて、なかなか進まないんじゃないか?」

ライアーさんが、先回りして言った。

「今日みたいに、お昼が遅くなったり……」
「そう、そうなんですよ!」

私は胸をなで下ろす。
教授が忙しいのも、助手の仕事が多いのも事実だ。わざわざ誤魔化さなくて済む。ばれるような嘘は、少ない方がいい。

ライアーさんは、「教授方も推薦を認めそうにないしな」と苦笑した。

「あんまり負担なら、言ったほうがいいぞ」

そんなことは全くなかった。むしろ、休みなんてもらったら、何をしていいのか困るくらいだ。
教授の様子は知れないし、なにかあっても後手に回りがちになる。進めるような論文もなかった。

「いいえ! これくらいこなせないと、教授の助手失格ですから!」

私は元気いっぱいのレミ=アルタワで答える。
早く認めてもらって、油断してもらう。そして、有力な情報を得る。それこそが私の目的なのだ。長老の承認などどうでもよかった。

「そうか、わかった。お互いがんばろう。……ふふ」

急に、ライアーさんが嬉しそうに笑う。
私が意味をつかみ損ねていると、彼は「君を見てると元気が出る」と微笑んだ。

「レイトンが褒めていたよ。レミが来てくれて助かっていると言っていた」
「そう……ですか」

レイトン教授に認められているという事実。それは、喜んでいいはずのものだ。
これで有利にことが運ぶ。成果も出る。万々歳だ。

「これからもよろしくな。レミ」
「もちろんですよ、ライアーさん!」

しかし、徐々に心は冷めていき。
私は感じる胸の痛みを閉じ込めて、人のよい笑顔を浮かべる。そしてアップルティーを飲んだ。

味がなかった。

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