准教授と視点のナゾ


僕が起き出す頃、シルクハットをかぶった紳士が石畳を歩いていた。

僕は彼を知っている。毎朝ここを通る人だ。名前はエルシャール・レイトン。近くの大学の教授だ。
わきに連れているのは、青いキャスケットをかぶった少年。彼はルークと呼んでいた。
少年も彼を先生と呼んで慕っていた。どうやら教え子のようだ。

彼らの話し声が聞こえる。レイトン教授は少年を家まで送るところみたいだった。
その後少年の家でお茶をごちそうになると言っている。家族ぐるみの付き合いらしい。

僕は見えなくなるまで彼らを見送った。曲がり角を曲がると、彼らは見えなくなった。




あたりが暗くなってきた。吹く風が、今の気温を教えてくれる。

昼間の暖かさが消えた道を、黄色いコートの女性が通りかかった。腰にカメラを提げている。
彼女の行く先には、切れた電球を交換する職人がいた。僕は知っている。時間にとても正確な職人で、この辺りの担当の人だ。

急に女性がしゃがんだ。なんだろう、と僕が不思議に思っていると、女性は起き上がった。手には工具を持っていた。
職人がハシゴの下に落としたらしい。ありがとうという職人の言葉にいえいえと笑顔で答えると、女性は来た道を戻って右に消えた。

消える直前、彼らの上の街灯がちらちらと点滅しているのが見えた。




人通りが少なくなってきた。街灯が活躍する時間だ。

僕が眺める石畳の上を、またレイトン教授が通った。隣にいたのは少年ではなかった。別の紳士だ。
ネイビーのジャケットを着た彼は、レイトン教授となにか話していた。聞き耳を立ててみる。
他愛ない話だった。少年の家からの帰り道らしい。

そのうちに彼らはナゾを出し合い始めた。
他愛ない話のなにか、たとえば月だとか星だとか、猫やら犬やら羊やら、そんなものから連想しているようだった。僕にはとても真似できない発想だ。

二人の紳士は徐々に盛り上がりながら去っていった。また別の街灯が点滅しているのが見えた。




草木も眠る真夜中すぎ。

すっかり人が通らなくなった道を、こうこうと光が照らす。そのようすは、まるで舞台照明のようだ。
その街灯の下に、ひとつのベンチがあった。石畳に乗る鉄のベンチは、おそらく氷のように冷たいだろう。それくらいの遅い時刻だった。

そこへ、一人の男がやってきた。不気味な黒いマントを身に着けた男だ。
目元を隠す白い仮面だけが、光を跳ね返して浮かび上がっている。闇夜に溶け込んで、消えてしまいそうな装束だった。

男は懐から何かを取り出した。手帳だった。そこにさらさらと文字を書く。なにかをメモしているらしい。
そして手帳をぱたりと閉じると、暗闇に紛れるように遠ざかっていった。




あたりが白み始めた。夜が明けるのだ。

運動着姿の男が、石畳の上を走って行った。
僕は知っている。スコットランドヤードのグロスキー警部だ。毎朝ここを走るのを日課にしているのだ。

彼はその強い髪と豊かな胸毛を誇らしげに張り、まだ誰もいない道の上を駆け抜けていった。
彼が来ると、朝が来たんだなあと感じる。人々の様子を見つめ続けた僕の視界も、だんだんと霞んできた。そりゃそうだ、一晩起きていたんだもの。




夜が明けた。まだうすぼんやりとした霧の早朝を、街灯が照らす。
今夜はいくつの電球が切れるのかな。僕はまだ付いていられるだろうか。


3時間ごとに来る見まわりの姿を思い浮かべながら、石畳に並ぶ街灯は眠りについた。



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魔人の笛、ナゾナンバー018より

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