准教授と門出の言葉
「いよいよか…」
校舎を眺めるレイトンの横に、ライアーが並んだ。
先程まで彼らを囲んでいた生徒たちは、今や友人同士の話に夢中になっている。
学位授与を受ける者の証である角帽を嬉しそうに、そしてすこし照れくさそうに被りあい。何人かは振り返って、学び舎に大きく手を振る。ガウンの裾が揺れる。
「毎年のことだけれど、やっぱり感慨深いね」
「ああ」
二人は、玄関ホール前でじゃれ合う教え子たちを見た。
着慣れないフォーマルな装いの友人をからかう声。別れを惜しむ声。門出を喜ぶ声。
様々な声が周囲にあふれている光景は、とても微笑ましく、また感慨深い。
今日は、卒業式だ。
「……やつらは俺から、なにか実りを見つけられただろうか。俺はすこしでも、彼らに道を示せただろうか?」
ライアーは、渡されたメッセージカードの束を眺めた。
先生ありがとう。お世話になりました。この時期特有の文字列が、いくつも並んでいる。
「いつも、そう思うよ」
ライアーがつぶやく。
そして、「この先、あの中の何人が…俺たちを覚えているのだろうな」と、ほんの少し感情をにじませた声を出した。
「ふふ、寂しいかい?」
「そりゃあ、もちろん」
ライアーは苦笑して、溜息を誤魔化すように空を仰いだ。
居たことが当たり前になって、やがて、居ないことが当たり前になる。
誰だって、出会った人間全員をずっと覚えておけるわけではない。
大学ではその時期が決まっている分、覚悟がつけやすいとも言えるのだろうが。
「仕方のないことだ。わかっているけど、どうにもね」
「…そうだね」
レイトンはシルクハットの唾をつまみ、目線を落として考えた。
彼らには、これからいくつもの出会いが待っていることだろう。それこそ、振り返る暇などないくらいに。
自分達も、新しい生徒との出会いが待っているはずだ。
出会いの喜びは素晴らしいが、やはり別れは切なくて。
別れるから出会うのか、出会うから別れるのか。
永遠のナゾだと思う。
――しかし。
「ここで私たちの道が交わったのは、長い人生のほんの数年だけだけれど……」
レイトンは言って、眩しそうに目を細めた。
「私は、一緒に過ごせたことを誇りに思うよ。……たとえいつの日か、私が忘れ去られてしまう存在だとしてもね」
私たちはたしかに出会って、時間を共有したのだから。
『卒業、おめでとう』
君が自身の道を歩めるように、祈っているよ。
そして振りかえった時に、「私と出会って良かった」と懐かしんでくれたなら嬉しい。
2013/0301
教授シリーズ最終章嬉し寂しいです
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