【髪の話T】
-Do Not Have.-





きっかけは、キノの一言だった。

「長いな」

荒れ野を走り終えて入国したとある国で、キノは帽子を外したレイをまじまじと見た。ジャケットを脱いで、ワイシャツ姿になったレイは、絡まった髪の毛のゴムをほどこうとしていた。
レイは動作を止め、真横のキノに目を向ける。

「なに?」
「髪」
「かみ?」

キノはレイの背中側にまわりこみ、待って、と言ってレイの動きを制止した。

「なに、どうしたの? キノ」
「やってあげるよ」
「え? でも…」
「いいから」

キノは、片手でそっと髪の毛をすくい上げた。レイが両手を下ろし、すこし俯くような姿勢になる。
それを了承と汲み取って、キノはゴムの間につめをかけた。ひっぱってしまわないように、丁寧にゴムを滑らせる。
ぱちん、と音がして、ひとまわりゴムが緩んだ。キノは髪を持ち替えて、反対側の手でそれに触れる。

「…細い」

つるつるで、ふわりとやわらかい。長さのせいか、すぐに重力にしたがう。

「なあに?」
「からまりやすそうだなって」

時には針のように立つ自分の髪とは違うな、とキノは思った。ほんのすこしだけ、うらやましいような気もする。

「んー…そうかも」
「痛くないかい?」
「大丈夫だよ」

こもり気味のレイの声を聞きながら、キノはゆっくりとゴムをほどいていった。
やがて隙間が大きくなり、ゴムは軽々と髪を抜けた。

「とれた」
「ありがとう」
「………」
「…キノ?」

キノは、左手に収まったままの髪の毛を見た。ゴムを持つ手でもそれに触れる。
上から下に、キノはゆるく指で髪をとかした。指の腹や、手のひらで触った時とは違う感触が、キノの指の間を通り過ぎていった。

「いいよお、キノ。自分でやるから…」

言いつつも、無理に抜けることはなく。レイは、キノにされるがままだった。
戸惑ってはいたものの、しきりにキノが髪を撫でるものだから、レイはいまいちタイミングをはかり損ねていた。
そのうちに、キノが言った。

「レイ」
「うん」
「みつあみにしてみたいんだけれど…」
「…みつあみ?」

てっきり終了の言葉が来るものだと思っていたレイは、面食らって声を出した。

「だめかな」

キノは、ぴたりと手を止める。
レイはなぜだかもったいないような気分になって、

「…わかった。好きなだけ編んでいいよ」

こうなりゃヤケだ、という気分とともに了承の返事を返した。
それにキノの声も悲しそうに聞こえたし、と心の中でいいわけをして、どことなくむず痒いような、決まり悪い感覚に陥る。
そうかい? という、すこし嬉しさが垣間見えるキノの声が、レイの耳に入った。

「………」

手持無沙汰になったレイは、とりあえず目を閉じた。
感覚が鋭敏になって、周囲の動きがわかるようになる。楽しそうなキノの気配が、すぐそばから降ってきていた。
さわさわと指先が首をかすめていって、レイはあわてて目を開けた。くすぐったくて、変に緊張してくる。
どぎまぎする思考をそらすものを、眼前の景色に求めていると、

「できた」

キノの満足気な声が落ちた。

「あ、できた? どうなってるの?」
「見てみるかい?」

キノは部屋の備品である手鏡をたぐりよせて、レイに手渡した。レイはそれを覗く。

「10本…かな?」
「!?」

鏡の中のレイは、あちこちから編んだ髪が上下左右に突き出ており。まるで、へんてこな部族の一員のようであった。

「…キ……キ〜ノ〜〜!!」
「あははっ」

和やかな気持ちなどどこかに吹き飛んでしまって、レイは精一杯の怒りを込めた声で名を呼んだ。
視界の中のキノは笑っていて、レイはその手をつかんでやろうと腕を振りあげたのだった。



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