【若い旅人の話】
-He meets She.-
私の名前は陸。犬だ。
白くて長い、ふさふさの毛を持っている。いつも楽しくて笑っているような顔をしているが、別にいつも楽しくて笑っている訳ではない。生まれつきだ。
シズ様が、私のご主人様だ。
いつも緑のセーターを着た青年で、複雑な経緯で故郷を失い、これまた複雑な経緯で命を救われ、バギーで旅をしている。
とある国で、私たちが入国しようと城門に入ると、一人の人間が入国審査を待っていた。
黒いジャケット姿で、背中にかかる長さの髪をゴムでひとつにくくっている。
その脇には、たくさんの荷物が載ったモトラドが、センタースタンドで止められていた。
「こんにちは」
シズ様が、警戒させないように、やわらかく声をかける。
ベンチに座る少女が、私たちに気づいて振り向いた。
その顔は、まだ若い。十代半ばごろといったところだろうか。
「こんにちは。入国審査ですか?」
「はい」
「長いらしいですよ。もしかしたら、半日かかっちゃうかもって」
旅人らしい少女は人懐っこく笑う。
それを聞いてシズ様は、ふむ、とあごに手をあてた。
「仕方ないな。座ってもいいかい?」
「ええ。どうぞ」
そのまま、少女が軽く腰を浮かせて端に寄る。
ベンチには、一人分の空きスペースができた。
「…………」
「あれ? 座らないんですか?」
「あ、いや。座らせてもらうよ」
シズ様が、声をかけつつそこに座った。
いきなりパーソナルスペースに人を入れるとは。大胆な少女だ、と私は思う。
私はシズ様が座った足元へ伏せるため、少女の目の前を通って歩く。
少女が、
「かわいいワンちゃんですね。こんな大きいのははじめて見ます」
目を輝かせて言った。
キラキラとしていて、触りたくてしかたがない、という印象を受けた。
「よかったら、触ってみるかい?」
「いいんですか?」
シズ様が私を見る。
私は、ゆっくりとした動作でシズ様の前に座った。少女のほうへ顔を向ける。
「いいようだ」
少女は喜んで、
「いいかな?」
声をかけて、一人でうなづいた。私を撫でる。
「うわあ……ふわふわ〜」
次第にしゃがんで、本格的に触りだした少女に、シズ様は穏やかな笑みを向ける。
私も、押し潰さないよう気をつけながら、顔元へ鼻を寄せた。
頭の隅で、入国する前に水浴びをした川へ感謝する。
水は少し冷たかったが。
「ふふっ。キミの主はいい人だねえ」
少女が言う。
確かにその通りなのだが(時々おせっかいとも呼べるくらいだ)、
この短時間にそこまで見抜いたのか、それとも少女に警戒心が全くないのかはわからない。
そのうち、少女は門兵に呼ばれて行った。
モトラドと、私と、そしてシズ様だけが残る。
「不思議な子だな」
シズ様が、彼女の向かった先に目をむけて言う。
「あんなに短時間で胸襟を開いてくる人は、めったにいません」
いささか短時間過ぎる気もするが。
「自分の腕に、よっぽど自信があるのか……」
「あるいは、旅を始めたばかりなのかもしれませんね」
物騒な目にあまり合ったことのない新人の旅人は、総じて、どこか軽率な部分があるものだ。
「そうだな。だとしたら、少し危険だ。女性だし……」
シズ様が真剣な口調で言う。
私は先ほどの発言を思いだして、単に人を見る目があるだけかもしれない、などと考えた。
次にシズ様が呼ばれて、私を置いて奥へ歩いていった。
すれ違いに少女が戻ってくる。
「まだ長引くんだって。まいったなあ」
ひとりごとのような、呼びかけているような。そんな調子だった。
「まあ、こんな国もあるんじゃない?」
私が返事をするより早く、どこからか声が聞こえた。
線の細い男性のような、ハスキーヴォイスの女性のような、どちらともつかない中性的な声だ。
「それより、さっきの緑のセーターの人が言っていたんだけど、いきなり隣を空けるから驚いたって」
「え? あ、そっか。セシルが大丈夫だって言うから、つい」
「信頼してくれるのは嬉しいけど、もうちょっと用心してよね」
「えへ」
会話が続く。
私は少女の目線の先を追って、そして、荷物が満載のモトラドが視界に入った。
「あの犬、陸って名前らしいよ」
少女が私を見る。
どうやら話しているのはモトラドで間違いないようだった。
「陸くんって言うんだ? こっちはセシルだよ」
「お前の主人、よっぽどお人好しだよな」
少女は親しげに微笑んで、モトラドはやや呆れて言った。
私は返事をするかわずかに迷って、
「申し遅れました。陸と申します。シズ様のお供をしております」
無難に挨拶を返した。
故意に黙っていたわけではないが、どことなく後ろめたい。
「わ、しゃべった!」
少女が驚いて声をあげ、私はピクリ、と耳を動かす。
脳内で、あのいけすかないモトラドの声が再生された。
「そりゃ、しゃべるでしょ」
「え、そうなの?」
モトラドが苦笑をにじませて言う。
「お互い苦労するな。主人がお人好しだと」
侮辱にも聞こえてしまいそうな発言だが、悪い意味で言ったのではないらしい。
私は少なからず、このモトラドに好感を持った。
モトラドにも個性はあるものだ。
「ふえー、そうなんだ……。世界って広いなあ……。あ、さっき大丈夫だった? 痛くなかった?」
少女が眉を八の字にして聞いてくる。
この少女も、ただ無知なだけだったようだ。
「大丈夫ですよ、レイさん。そちらこそ、重くありませんでしたか?」
「うん、大丈夫」
そうして、三人で和やかに会話をしていると、
「どうなっているんだ? これは……」
戻ってきたシズ様が、すっかり仲良くなっている私たちを見て唖然とした。
***
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