【二人の旅】
-Move On-






レイが熱を出したのは、この国に入ってすぐのことだった。
このところ厳しい野営が続いていたので、疲れが溜まっていたのかもしれない。
幸いすぐに医者が対応してくれ、数日休めば回復するだろうと判断された。命にかかわるような病気ではなかった。

「はやく治そう」
「うん…」

キノが言うと、ベッドの中のレイは、弱弱しくうなずいた。
その顔は赤かった。普段は後ろでむすんでいる髪を、今はゆるくみつあみにしていた。

「…旅人失格だね……」

レイが溜息を押し出すようにこぼして、

「いいから、今はゆっくり休んで」

キノは、寝具を整えながら言った。
額に置いてあったはずの濡らしたタオルが、ずれて枕に落ちている。キノはそれを拾って、水でもう一度濡らしてレイの額に置いた。
レイが気持ちよさそうに目を細め、「ごめんね」とつぶやいた。
目蓋が閉じられ、すぐに小さな寝息が聞こえてくる。
規則正しい呼吸に、キノは安堵の表情を浮かべた。

キノは、数歩でエルメスのところへ戻ると、

「滞在期間の延長をおねがいしてくるよ」

セシルに声をかけ、エルメスを押して部屋のドアをくぐった。

エレベーターに乗り、ロビーへ出て、ホテルをあとにする。
道でエンジンをかけようとして、

「いいの、キノ? 三日のルールがくずれちゃうよ?」

エルメスが聞いた。

「置いてくわけにはいかないだろ。ボクとレイは同行者なんだから」
「まあ、そりゃそうだね」

エルメスはいつもの調子で言って、

「で、どう? 自分以外の人間がいる旅は」

楽しそうに尋ねた。
キノは、そうだな、と前置きしてから、

「けっこう楽しいよ。レイは表情が豊かだし……こうして、今まで経験したことのないこともできるしね」
「経験したことのないこと?」
「“看病”さ」

不思議そうな声を出すエルメスに答えて、キノは笑った。

「師匠もエルメスも、病気なんてしたことなかったじゃないか」
「ぼくはともかく、師匠はあったじゃん」
「え?」
「ほら、キノの手料理の」

エルメスが指摘すると、キノは軽くうめいた。携帯食料を連続で食べたときのような顔だった。

「あれは看病じゃないよ…」
「そうなの?」
「間違いない。今なら断言できる」
「さいですか」

エルメスは呆れているような、そうでもないような声を出した。

「でもキノ、なんかオキラクだね。レイが苦しんでるってゆーのにさ。セシルなんか、気が気じゃないってかんじだったよ」
「もちろん、ボクだって心配してないわけじゃないよ。けど、そればかりはどうにもならないから」

キノは、わずかに目を伏せた。
だがすぐにもとに戻して、キノはエルメスに乗り込んだ。しっかりとハンドルを握りなおす。

「さて。行くかエルメス。早めに戻りたい」
「おっけー」




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