【決別】
-Good Bye.-





城を後にして、ボクらはホテルに戻ってきた。
レイが、セシルをスタンドで停める。勢いよくベッドに座って、スプリングと体が跳ねた。
それを見届け、同じようにエルメスをベッドの脇に停めると、

「処刑、かなあ……」

ぽつりと、レイがつぶやくのが聞こえた。
ボクの耳に飛び込んだその声は小さくて、思わず出てしまったのだろうな、と頭の隅で考える。

つい先ほどの出来事。
それは、レイには十分衝撃的なものだったはずだ。故郷が消えた痕跡、そして消えるその瞬間に、彼女は立ち会ったのだから。

「…レイ…」
「だいじょうぶだよ、キノ」

呼びかけるつもりはなかった。
ただ漏れてしまった名前だったのだけれど、レイから明るい声が返ってきてハッとする。
ボクは、握ったままだったエルメスのハンドルから、静かに手を離した。

「不思議だけどね。かなしいとか、さびしいとか…、そういうのは無いの」

座らずに、ボクは続くレイの声を黙って聞く。
立ったままでいたのは、そのほうがレイの様子がよく見えるからだった。

「小さかったからかな。もう、顔も覚えてないし。どんな国だったかも、忘れちゃった」

言って、レイの口元は笑みの形になった。
くちびるから出た言葉が本当かなんて、わからない。けれど、ボクには気づいていることがあった。

「………、レイ」
「なあに? キノ」

指摘すべきか一瞬迷って、ボクは目を逸らした。視線の先に、黙ったままのセシルがいた。

「これは…ボクが言うことじゃないのかもしれないけれど……」

ふたりに言うつもりで前置きをして、ボクはレイに視線を戻す。
そして意を決して、口を開いた。

「今の君は、泣いているように見える」
「な…んで」

レイが浮かべた笑顔は、とても弱いものだった。
無理な我慢をしている。今にも消えてしまいそうだと、ボクは思っていた。

「抱えきれないのなら、ボクが聞くよ。……聞くことしかできないけれど」

言うと、レイの笑顔が消え。
残ったのは、表情を隠さない顔だった。驚いたように呆けて、

「だめだよ。そんなこと言われたらさ、…」

困ったように笑い。
そうして、

「…こまる」

顔が歪んだ。
言葉のかわりに、零れはじめたのは涙だった。
流れる水に押されるように、レイは小さく漏らした。

「……泣い…ちゃう、じゃん……」

ボクの目線から逃れようと、レイは顔を正面に戻した。
ボクの目には、横顔だけが映る。それでも、ぽろり、ぽろりと増える涙と、比例するようにレイの目線が下がっていくのがわかった。

「………。わたし、また生き残っちゃったんだね…」
「………」
「ひとりで、また、生き残っちゃった」

レイが、俯いてこぶしを強く握るのが見える。
ボクは、まだ立ったままだった。正面に座れば、レイはきっと顔を背ける。今は、彼女の感情の変化を見逃したくなかった。

「私……、知っていたの。火山のこと」
「――!」

ボクは息を飲む。

「ふとね、思ったりするの。もっと生きたい人がいたんじゃないかって。……私なんかよりも、もっと生きるべき人がいたんじゃないかって」

レイは、感情を押し殺した声で言った。
涙は止まらずに流れていた。

「私は、彼らの願いを叶えられない」
「レイ」
「……みんなの“Last Will(遺言)”だったのに…あんなに、死んでいった人がいるのに…!」

まるで、籠ったものを吐きだすように。

「私を生かそうとしてくれた人がいるのに!」

レイの声が、徐々に大きくなっていき。

「旅を続けることも! 故郷に戻ることもできない!」

投げ捨てる。
言葉が、感情が破裂する。

「叶えなくちゃ」

「でも」

「したくない」

レイの眉間にしわが寄って、すぐに両手で覆われた。
肩が震える。

「、私がッ、弱いから…!」

絞り出すような声で、ごめんなさい、と漏らしたのがわかった。


「苦しい」


なにか言いたいのだけれど、なんと声をかければいいのか。ボクは思いつかなかった。
ただレイを見つめる。


わずかな嗚咽が聞こえた。
彼女が泣いているところなんて見たくなかったけれど、何かができるとも思えなかった。あの時の気持ちさえ、よみがえる気がする。


自分がもどかしくて、くやしくて、かなしい。
どうしようもなくやるせなくて、つらい。


力になりたくて、その顔の意味が知りたくて言ったはずの言葉。
実際に生み出したのは、ボクの無力感だけだった。

何かないのか?
目の前の少女をなぐさめる何かは?

ボクにできることは
また
ひとつもない のか――、




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