【冬の森で】
-On the Way-




冬の森に、一本の道があった。
周囲の木々には雪が積もり、あたりを白く染めている。空には雲が厚くかかっていて、太陽は見えなかった。

その薄暗い中を、一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
後部座席のキャリアには、かばんや寝袋といった旅荷物が満載になっている。タイヤが雪に沈まないように、両輪の脇に薄い木の板をつけていた。

「まったく、こんなに雪が降っているっていうのに。早く国を見つけないと、凍死するよ?」

ハスキーヴォイスの女性のような、線の細い男性のような中性的な声が、呆れたように言った。
雪を巻き上げて走るモトラドだった。

「…………」
「え、何? 聞こえないよ、レイ」

運転手の口がもごもごと動いて、モトラドが聞き返した。

「私だって、こんなに冬が早いとは思わなかった、って言ったの」

少し高めの、少女の声だった。

運転手は防寒着を着こみ、さらに口に布を巻いていた。たれのついた帽子をかぶり、目元をゴーグルで覆っている。
むき出しになった肌の部分は、寒さで赤くなっていた。

「あの国を出たときは、まだ秋だと思ったのになあ」

レイと呼ばれた運転手が言う。

「きっとあの国は、特別暑いんだよ。盆地ってやつさ。いや、偏西風かもしれない」
「あ、“異常気象”ってやつじゃない? セシル」
「それなら、急激な温度変化も納得できるか……」

セシルと呼ばれたモトラドは悩む様子を見せて、

「まあ、どっちでもいいか。過ぎたことだし」

すぐに切り替えて言った。

「もう出発しちゃったから、確かめようがないもんねえ」

レイも同意する。

「それにしても寒い。毛布がほしい」
「包まって運転するつもり?」
「それもいいかも……」

半ば本気で呟いて、レイは片手で口元を直した。
白い息がもれる。

「ねえセシル。油足りるかなあ?」
「この森がどのくらい続いているかにもよるね」

言われて、レイは目を細めた。先をじっと見る。
いくら目を凝らしても、森の終わりは見えなかった。

「見えない。……雪がなければ、大分ましなんだけど」
「このスピードだと、レイが凍えるほうが先かもね」

レイは、ゴーグルの下で顔をしかめた。

「うわー……やだな、それ」
「僕だって、レイと一緒に置物になるのは御免被りたい」

セシルも、人間ならば肩を落とすようなようすで言った。

「……あついおふろ、あたたかいスープ、清潔なベット」
「……なにそれ?」

突然単語を並べ始めたレイに驚いて、セシルがいぶかしげに聞いた。
レイが「うん」と頷いて、

「つらい時は、なにか楽しいことを考えなさいってシスターが」
「なるほど。じゃあ純正オイルも入れておいて」
「オイルは食べられないよ?」
「レイのじゃないってば」

つらいのはモトラドもいっしょなんだねえ、とレイがつぶやく。
白く変わらない景色の中、しばらく二人の会話だけが流れた。

「いい香りのお茶、甘いデザート、ふわふわソファー……」
「フルメンテ、新品タイヤ、ワックス仕上げ……」
「部品ばっかりだね」
「レイだって、食べ物ばっかりでしょ」
「人間に生まれたからには、おいしいものを食べないと」
「モトラドに生まれたからには、快適なものをつけないと」
「それにしても国、ないねえ……」
「まったくもって、ないなあ……」

ふたりが同時にため息をついて、モトラドが道を曲がった時。

「レイ、人がいる。かなり先だ」

セシルが言った。


 ***




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