【出立】
-Your Journey-
晩秋の空の下を、一台のモトラド(注・二輪車。空を飛ばないものだけを指す)が走っていた。
春ならば青々とした緑が、一面に広がるだろう草原は、枯れた茶色が混ざり濁っている。
ときおり冷たい風が吹く程度で、動物の姿は見当たらない。
空には厚い雲がかかり、あたりを薄暗く染めあげていた。
無言を貫くその丘を、爆音をあげてモトラドが進む。
後部座席に旅荷物を積んだモトラドで、若い、十代と思われる運転手が乗っていた。
ねえキノ、とモトラドが訊ねた。
なんだいエルメス、と運転手が返事をする。
「キノ、レイとセシルを覚えてる? モトラド乗りの」
エルメスと呼ばれたモトラドが問う。
「ああ。覚えてるよ」
キノと呼ばれた運転手が、ハンドルを握ったまま言った。
「最近会わないね」
「べつに、そんな頻繁に会ってたわけじゃない」
「のたれ死んじゃったかな?」
「その言い方はどうかと思うよ」
冬が厳しかったのは認めるけどね、とキノは続ける。
レイというのは、セシルという名のモトラドと旅をしている、若い人間の名前だった。
キノを少年と間違えたり、見事な料理の腕をみせたり、今は灰の下にある、山のふもとの国の住人であった可能性をちらつかせたりした少女だ。
もう過ぎ去った春も夏も、冬を迎えるこの秋も、ついに彼女と会うことがなかった。
「実はね、エルメス」
「なに? キノ」
「ボクは、次にレイに会うことがあったら、あの国の事を言おうかと思っていたんだ」
キノが前を見たまま言う。
「あれ、そうなの?」
エルメスが、意外そうな声を出した。
「でも、会わなかったね」
「ああ。……もしかしたら旅の神様が、レイには言わないほうがいいって言っているのかもしれない」
「日頃の行いが悪いのかもよ」
「それじゃあまるで会いたがってるみたいじゃないか」
たしかに良いとは言えないけど、とキノは言った。
そして、前の国で結果として安く手に入った品を思い出す。
エルメスが聞いた。
「ちがうの?」
キノはそれに答えようとして、前方に城門を見つけた。
アクセルをすこしだけ緩める。
「見えてきたよ。国だ」
あの国ではどんな出会いがあるんだろう、とキノはつぶやいた。
「楽しみだね」
「楽しみだ」
***
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