【自炊の国】
-Do you Remember they?-
朝晩が涼しくなって、そろそろ秋が訪れようとしている時期。
旅人のキノは、ある国の入国審査室にいた。
お昼をすこし過ぎたころで、入国したら真っ先に食事をしようと決意し、城門をくぐった。
まさに、そんなところだった。
「……自炊、ですか?」
「はい」
キノが、たった今聞いた門兵の言葉をくりかえした。
兵士は立ったまま頷いて、
「我が国には、お金を払って食事をする施設……他の国でいうところのレストランの類いがありません。国民はみな、自分で食事を作っています」
慣れた様子で、すらすらと答えた。
「じゃあ、外で食べたいときはどうするの?」
相棒のエルメスが聞いて、
「家で作った食事を、専用の容器に入れて持ち運びます。外で食事をすること自体は一般的ですから、ベンチやテーブルはあちこちにありますよ」
兵士が、これまた淀みなく答えた。
「ですので、ホテルでも食事は出てきません。しかし、シャワーやベッドなどの家具は一通り付いていますし、食事の材料もこちらで用意しますので。旅人さんに不自由はないと思います。材料のリクエストにも、できる限りお答えします」
「そうですか……」
キノが、がっかりした様子でつぶやく。
兵士はそれを見て同情をみせて、
「わかりますよ。伝統料理を楽しみにされる旅人さんは多いですからね。でもご安心ください!レシピはホテルにありますから」
実に的はずれなことを言った。
***
「門兵さんが言うには、旅人のホテルは決まっていて、アパートメントと呼ばれているらしい」
キノが地図を広げ、
「街の中央で利便性も抜群! モトラドさんも入れます!……だっけ?」
その下でエルメスが続けた。
「それにしても自炊なんて……。まいったな」
「せっかく携帯食料以外のものが食べられると思って、食べずに来たのにね」
「まったくだ」
キノは地図をしまうと、エルメスの後部座席に積んである荷物の中を探った。
ねんどのような携帯食料を取り出す。
そして、スタンドで立つエルメスに腰掛けた。
周囲では、あちこちにあるイスやテーブルで、住民逹が楽しそうに食事をとっていた。
色とりどりの料理が、住人の口に運ばれるのが見える。
キノは、一人で携帯食料をかじると、
「これは拷問だよエルメス……」
げんなりと小声でうめいた。
「ご愁傷サマ。キノ」
エルメスが、いつもの調子で言った。
***
ホテルは、大通りの中央にあった。
緑色を基調とした背の高い建物で、入り口に立つと、透明な扉が音もなく横へスライドする。
キノは、エルメスを押して中へと入った。
二重の扉を順番にくぐる。
ロビーで受付を済ませると、備えつけのソファーの横にエルメスを止めて座った。
手続きにもうすこし時間がかかるらしい。
のんびりと座り心地を味わっていると、
「キノ、あれ!」
「なんだいエルメス」
エルメスが急に声をあげた。
疑問に思って、キノがエルメスの視線の先を追う。すると、
「…………レイ?」
レイが、セシルを押しながら入ってくるところだった。
セシルと会話しているのか、時おり口が動く。
こちらには気づいていないようだった。
「二度あることは三度笠だね、キノ」
「……“三度ある”?」
「そうそれ」
そして、エルメスは黙った。
キノは、一時エルメスに向けた視線をレイに戻した。
レイの口が閉じる。
顔が正面、つまりこちらを向いて、あ、というように口が開いた。
かと思えば、ぱくんっ、とすぐに閉じられて、大慌てでセシルに振りむく。
口が動いて、首が縦に横にと忙しく振られた。
「レイ、百面相してるね」
横からエルメスが言う。
キノがそのまま見ていると、レイが満面の笑みを向けてきて、
「っ」
手を振ろうとして、セシルごとよろけた。
「、ふう……」
「キノ、行ってくれば?」
キノの腰が浮いたのを見て、エルメスが声をかける。
「なんか危なっかしくて見てらんないし。面白そうだし」
心配しているのか面白がっているのか、よくわからない口調だった。
「……そうする」
キノは、エルメスを置いて立ち上がった。
レイのほうへと向かう。
レイとセシルの声が徐々に大きくなり、「急に手を離しちゃだめだよレイ」という、セシルのたしなめる声が聞こえた。
「こんにちは」
キノは扉をくぐると、ふたりに声をかけた。
レイが顔をあげ、キノを認めるとすぐにまた笑顔になった。
そして、
「またお会いできましたね、 キノさん!」
実に嬉しそうに言った。
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