【告げる時の話】
-I Want You.-




あの時のことは、よく覚えている。


あれは、あの国の後。いくつか国を経たころだった。
たしか、空室を許さない国だったと思う。複数人の旅人の場合、管理の手間だとか盗難の危険を避けるために、誰か一人を室内に残しておくきまりだった。
話し合いかじゃんけんか、なんらかの方法でボクたちは順番を決めて、レイたちが買い物に出た。

ホテルに残ったボクとエルメスは、会話もなしに黙っていた。
そうすると、ボクの頭は自然と悩み出す。気を張ったり、手を動かしていなければ消えない悩みだった。
主に、レイのこと。それから、自分のこと。

そのころには、ボクは恋心を自覚していて、けれど黙っている状態だった。
エルメスに「ため息が多くなってきた」だとか「難しい顔をしている」だとか言われても答えなかったし、レイの前では平気なふりをしていた。自慢ではないけれど、自分の様子を悟らせないように行動するのは慣れていたから。

「キノ。告白しないの?」

何回目かわからない質問を、エルメスが言った。

「言わない。何度言ったらわかるんだい? エルメス」

ボクの声には、すこし苛立ちが混ざった。
本当は、堂々巡りから引き抜いてくれたエルメスに感謝していた。けれど、それは触れて欲しくない話題でもあった。

「どうしてさ? レイはキノのこと好きだよ」
「それは友情だろ」

ボクは、自分の言葉に眉をひそめた。声に出すと、それが強固な事実なのだと思い知らされる気がする。

「ボクの気持ちはもっと強くて……どうしようもなく濁ってる」
「………」

エルメスは黙った。それでも、またすこししてから、

「とりあえず告白するって手もあるよ」

懲りずに話題を続けた。

「キノはすっきりする」
「知ってほしいだけじゃ言えないよ」
「でも、最近辛そうだよ」
「……言えば、彼女は応えようとしてくれるだろう。たとえその気がなくてもね」
「………」
「ボクは、レイを苦しめるようなことはしたくないんだ」
「……なし崩しに引き込んじゃえば?」
「彼女の信頼を裏切れないよ。それに、後でぜったい自己嫌悪に陥る。決まりが悪くなって、レイの前に立てなくなる」
「今でも十分決まり悪そうだけど」
「………うん」

正直に肯定すると、エルメスからため息のような声が聞こえた。
ため息をつきたいのは、こちらのほうだった。ボクは、エルメスを言い様がない気持ちで睨んだ。

「そんなに苦しいなら告白しちゃえば?」
「いやだ」

エルメスは再び黙った。





そのうちにレイたちが帰ってきて、ボクらは交代で外へ出た。
行先もなく、なんとなくタイヤを流す。ふとパースエイダーを売る店の看板が見えて、ボクらはそこへ入った。店先で、店員と思われる男性がナイフを磨いていた。
安全な国だ。盗まれるなんてありえないとでも言うように、ナイフは男性の脇に並べられていた。

「見てもかまいませんか?」
「おや、旅人さん。どうぞどうぞ」

ボクはナイフを一本手に取って眺めた。刃に自分の顔が映り込んで、思わず苦笑をもらす。
覗いたボクの顔は、あまりに心細そうだった。

「………」

ボクはそれを持ちながら、告白について考えた。

たしかに、自分は苦しんでいる。
可能性を指摘されて、自分の心に聞いてみて納得して、しばらくは恋を楽しんでいた。
すこしドキドキしたり、びっくりするようなこともあったけれど、でもボクには余裕があった。レイをからかって、どこまで許されるか探ってみたり。さりげなく、物理的な距離を縮めようとしてみたり、といった具合だ。

けれどいつの頃からか、それが痛みを伴うようになって。
失うことに、恐怖を覚えて。自分が“旅人のキノ”でいられなくなったみたいに、気持ちをコントロールできなくなった。

一人でできないようなことを、もっとしてみたいと思う。
けれどそれは、他の人じゃなくて。レイと一緒がいい。
そして、レイもそうなら嬉しい。
彼女の特別でありたい。見るだけでなく、彼女の世界に参加したい。
レイに幸せでいてほしいし、彼女の幸せの中にいたい。
“君のために”という、押しつけとも言えるような感情さえ、許し合う関係になりたい。


泡のように静かに、不気味な響きでボクを浸蝕する――エゴの欲求。

大事にしたいと思う気持ちがあるのに、自分が彼女に求める感情も大きくなって、そんな自分を認められなかった。


これでは、まるで――、

“ 大人 ”の ようだと。




[list/book top]


×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -