店員に呼ばれたキノは、店の奥に消えた。
私は改めて指輪を眺める。見れば見るほど一般的で、変哲のない指輪だった。小粒の宝石。よくあるデザイン。
でも、

「似合ってたな…」

控えめに、だが強く輝く指輪はなんだかキノのようだと思った。
キノの嬉しそうな顔が脳裏をよぎる。そして悲しそうな顔も浮かんで、なんとも言えない気持ちになった。もういちど、あの顔が見たかった。

「いらっしゃいませ。お探しものですか？」

店員が話しかけてきた。私は顔をあげる。先程とは別の、女性の店員だった。

「いいえ。連れを待っていて」
「そうですか。ではごゆっくり」

そのまま、女性は立ち去ろうとする。私は、ふと思いついて声をかけた。

「あの、この指輪ですけど…」
「はい。お試しになりますか？」
「いえ、そうではなくて。えーと、諸事情で指輪をつけられなくて。でもこれがいいなと思ったんですが…」
「なるほど。それでしたら……このように、チェーンを通してみてはいかがですか？」

女性は隣のショーケースから細い鎖を出して、指輪に通してみせた。指輪がペンダントに変わる。

「わー…、かわいい」

細工の少なさが、かえって一体感を生んでいる。鎖が揺れ、石がきらりと光った。とてもきれいだ。

「いいな…」

目の前で広げる。
なんだか見ているうちに、私も欲しくなってきたかもしれない。

「とてもよくお似合いですよ」
「え？　ああ…、違います。私のじゃないです」
「あら」

私がぶらぶらと指輪を揺らしているのを見て、女性が手を打った。

「でしたら、サイズ違いもございますよ」
「サイズ違い？」

女性が取り出してきたのは、小さめの指輪だった。デザインは同じで、ちょっぴり細めに見える。

「売れてしまって、これしか残っていませんが…」

小指につけるものだと説明され、はめてみることにした。すこしゆるい。ためしに薬指につけてみると、ぴったりと収まった。

「あれ？」
「あら、指が細いのね」
「そんなことはないと思うんですけど…」

まじまじと手を見る。

「セットでお買い上げなら、こっちのチェーンはサービスしますよ。いかがですか？」
「そうですか？　…じゃあ、両方ください」
「お相手のサイズはよろしいですか？」
「はい」

よく見えなかったけど、という言葉を飲み込んで、私は指輪をはずして女性に渡した。女性は「では奥で」と指差しながら、ショーケースを閉じる。
奥まったレジで会計を済ませ、ラッピングを眺めた。指輪は丁寧に包まれていく。
私はキノを思い出していた。嬉しそうな顔、遠くを見つめる瞳を思い出し、

「ちゃんとペアリングになりましたね」

女性が言って、おそろいという言葉が脳裏を過ぎった。

「女性から贈るというのは、この国の伝統でもあります。いい記念になりますよ」

女性はふふっと笑って、

「着けられない事情がなにかわからないけど…、ふたりっきりの時くらいつけてほしいって甘えてみるのもいいと思うわよ。これは店員としてじゃなく 、同じ女性としてのアドバイスね」
「あの……」
「恋人にわがまま言われるのって、案外嬉しいものよ。渡した時だけでいいから、せがんでみなさい」

ウインクしながら通常より大きめの袋を渡された時、キノと店員が戻ってくる音が聞こえた。