オピニオン テリトリー
黒澤はコーヒーを飲んでいた。
今しがた一件、仕事を終えてきたところだ。平日の昼間だからか店内は空いていて、声が良く響いている。
声のもとを辿ると、20代らしい女性の二人組が話しをしていた。いたって平凡な会社員といった風貌だ。
「つまり、どういうこと?」
「だから、バスとか乗ってるでしょ? その時も、ああ、あの人はどんな生活をしているのかな、とか。今から会社かしら、とか。そういうのを想像するんだよ」
「でも、想像してどうすんのよ?」
「楽しむ」
「楽しいかあ?」
いつもの癖で二人を観察する。
一人は茶色い髪を巻いていて、オフホワイトのカーディガンを羽織っていた。街でよく見かけるオフィスレディといった外見だ。
もう一人は女子大生と言っても良いくらい若く見えた。敬語を使っていないことと、しぐさなどのそれが大人びていることから、童顔なのではないかと推測する。
「当たってたらうれしいじゃん」
「どうやって確かめるのよ。後でも付ける気?」
「それ、いいねえ」
とくに実りのある会話とも思えなかったが、童顔の意見には同意したくなった。自分の行動原理と似たところがある。
もっとも、自分の場合は空き巣であるから、後を付けるところまでやるのだが。
「アホか。それよりさあ、どうなったのよ、例の彼氏。三浦君だっけ?」
「あー、あれね。うん。……自然消滅ってやつ? 音信不通で」
「えー」
彼女たちがまた他愛ない話しを始めたので、黒澤は意識をずらし、コーヒーを飲んだ。窓を見て、行き交う人を眺める。
窓の外では学生らしい男女が連れ立って歩いていた。デートだろうか。
また視線を移動させると、今度は青年がCDショップの前で熱心にテレビを見ている。その斜め前では、老婆が買い物袋を乗せた手押し車を押していた。
腕時計を見る。
そろそろ店を出ようかと考えた時、先程の女性の会話がまた耳に入った。
「ほらあれ。腕時計を見てる人」
自分のことだろうかと考え、耳を澄ませる。
「あの人のジャケットはジャンポール・ゴルティエだって。たぶん、金持ちとかじゃなくて、実用性重視とか、一張羅とか、そういうたぐい」
「はいはい、わかったわよ」
「もー、聞き流さないでよー」
「はいはい」
巻き髪は相手にしていなかったようだったが、黒澤は童顔の観察力に驚いた。自分と同じ思考方式で、しかも見る目があるとは。
ひょっとしたら自分と同じく空き巣かもしれない、などと考え、いやそんなことは無いか、と打ち消す。
しかし、といつぞやの佐々岡のことが頭に浮かび、もしやと思う。
(また同じ家ではち合わせるのは、ご免被りたいものだな)
そんなことを考えている自分に苦笑し、黒澤は店を出た。
すぐ隣の横道を覗くと、そこには小さな神社があった。この商店街の守り神だ。
「…………」
黒澤は少し逡巡すると、お釣りを賽銭箱に放り込んだ。
柄にもなく手を合わせてみて、可笑しくなり、笑う。
十二支を祀っているらしいそこに、泥棒の神様がいるとは思えなかった。
opinion and territory.
20101130-----------
あそこの甘栗はおいしいです
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