猫と死神


そこらじゅうから歌や、弦楽器や、吹奏楽が聞こえる。

ミュージックに力を入れているらしい、この街は、現在、祭りと称して生の演奏会を行っているのだ。
その規模は街全体にあたり、期間中は、街中のいたる所でジャズミュージックが演奏されている。私たち死神にとって、今回の仕事は、実によい環境と言えるだろう。

秋風の吹くなか、私はある公園にいた。
少し街を歩けば聞こえてくるミュージックの音が、対象へ向かう己の足を止める。いっそのこと、このまま、いつまでも聞いていたい気分だった。
 CDショップに行かなくとも、すぐ近くでミュージックを聴くことが出来るというのは、非常に喜ばしい。しかしながら、ともすれば聴き入ってしまい、仕事にならなくなるこの状態は、とても効率的とは言えなかった。

もっとも、最終的には「可」とするのだろうから、効率など関係ないのだろうが。



「今回は数日前から天気が悪くて、開催が危ぶまれたんだ」

ベンチに腰掛ける私に、老人が語りかけた。
正直に言うと、私は対象の演奏が始まるまでミュージックを楽しむ気でいたので、他へ対応するのは面倒だった。しかし、答えないわけにもいかない。
私は、今回の外見に則って答えた。

「そうなんですか、それは良かったです」

人のよさそうな青年、というやつは手間がかかる。対象ではない人間以外にも対応しなくてはならない。
昔、仕事で会った小説家によると、この行動は“骨を折る”と呼ぶ。こうして青年は体を鍛えるらしい。

目の前で、三人組の男がミュージックを演奏している。そのうちの一人が、今回の対象だ。
エレキギターをかき回し、ときおり激しいシャウトを見せる。よく聞き取れないので、意味はわからないが、オウ、と叫んでいるのはわかった。


ふと視線を感じて振り返ると、一匹の黒猫と目が合った。波打つような毛並みの、青い瞳を持った猫だ。
動物は自分達の様な存在、つまり人間以外の存在に気付きやすい。邪魔もしないので気に留めたことはないが、ふと思う。己も人間ではないからかもしれないな、と。

しかし、それとは違う不思議な違和感を覚える。
瞳を逸らさず、じっと見つめてくる黒猫は、ゆっくりと瞬きを二回した。私に、一つの仮説が浮かび上がる。

「亘理か?」

亘理は死神だ。
それも、一風変わった死神として、仲間内では有名な奴だった。私も噂を聞いたことがあり、本人が話をしている姿を見たこともある。

 亘理は、人間以外の生き物になって、対象を観察する。
 理由は、人間の世界に干渉し過ぎたくないから。
 しかし動物の姿など、ミュージックが聞けないだろう?。
 だが耳で聞くだけがミュージックじゃないよ。

情報交換を得意としない私の耳にも否応なく入るくらいだから、相当交わされている会話なのだろう。
猫は肯定するかのように、短く「にゃあ」と鳴いた。


しばらくは、対象の音に聞き入っていた。
男がどこの誰であって、どんなことを考えて、この楽器を掻き鳴らすことになったのか。
響き渡るミュージックの前では、意味を考える暇などない。


演奏が終わりに近づいて、三人組は一度、舞台袖に戻った。周囲に拍手が湧く。アンコールというやつだ。
私も両手の平を打つ。
これも音であるが、私の思考には隙間ができた。
三人中二人が対象だなんて、このグループは解散するかもしれない。そんなことを思う。
ミュージックは好みであって、良し悪しではない。死神にはわからない理論だが、今演奏されている音を消してしまうのは、すこし惜しい気がした。

「亘理、お前はどうするんだ?」

隣に、小声で問う。
猫はちらりとこちらを見ただけで、返事は無かった。
最終的には「可」とするのだから、言う必要など無いと思っているのかもしれない。

拍手が止んで、ミュージックが再開された。
そうすると、死神は思考を奪われるのだ。結論は後回しとなった。終わってみて横を見ると、黒猫はいなかった。


***


数日後、亘理が他の同僚と話しをしている所を見掛けた。あの時の質問が頭に浮かぶ。

「亘理」
「千葉じゃん。これまた、めずらしい人が話しかけて来たなあ」

 声を掛けると、亘理が振り向いて片手を上げた。口端には淡く笑みを浮かべている。
愛嬌というやつはよくわからないが、亘理にはそれがあるようだ。周りにはよく同僚が集まる。
人間で言えば、亘理 は“人のよさそうな”奴なのだろう。私は、死神が肉体を鍛えても意味がないと思っているが、亘理のストイックな姿勢は嫌いではない。

同僚は私を認めると、亘理に手を振り去っていった。それを見計らい、質問する。

「この間の仕事の事なんだが、お前はあの時、なんて答えたんだ?」

亘理は目を丸くした後、眉を寄せ、口元を歪めた。
そして怪訝そうに言葉を言うのである。


「その日は横浜に居たけど?」


140403


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