兄貴に教えた詩のタイトル「明日」って云うんだ。

ひとつの小さな夢があるといい
明日のために
くらやみから湧いてくる未知の力が
私たちをまばゆい朝へと開いてくれる


あの詩のなかの一番のお気に入りのフレーズ、特別に教えてあげようか?

明日は今日になってこそ、生きることができる



それは突然だった。
急に心臓が鷲掴みされたようにキリキリ痛みだし、今までの痛みとは比べ物にならないほどの激痛に声さえ出なかった。

『………ッ…!!』

渡辺さんに知らせなきゃ
約束守らなきゃ

その一心で必死に手を辛うじて伸ばす。自分の身体とは思えないほどに思うように動かない身体に焦りさえ感じた。

まだ兄貴に謝ってないのに……!

漸くナースコールに触れた瞬間、ドクンとやけに心臓の音が大きく鳴った。一気になだれ込んできたのは、眠気のような寒気のような不思議な感覚。それに引き寄せられるように俺は目を閉じた。


『兄ちゃん、レギュラーになれたの?!おめでと〜!!』

「颯太のアドバイスもあったからっスよ!」

あれはまだ颯太が入院して間もないころ。
誕生日だからと、病院から許可を貰って帰ってきた日の夕飯だった。
俺が今度の試合に出れることを心底喜んでくれた颯太。

「これ二人で取ったものなんスから、颯太着てみてよ!」

そういうと、花を咲かせたようにぱぁっと瞳が輝いて『ホントにいいの』と俺を見た。

「勿論っスよ!!」

ほそっこい身体に合わないユニホームは案の定ぶかぶか。夏ではあったけど、身体を冷やすのはよくない。颯太は以前練習時に使っていた薄めの長袖体操服の上から、ユニホームを着て、よほど嬉しかったのか記念写真まで撮っていた。

あの時の颯太の笑顔は、颯太が全国大会で優勝したときに匹敵する程のもの。
俺はあの時の表情を今でも鮮明なくらいに覚えてる。



憧れるのをやめる!
I・H(インター・ハイ)準々決勝 海常VS桐皇
その第4クォーターが始まる前に言われた言葉が頭をよぎった。

信じてるさ、とっくに

「できる」と信じた俺を先輩たちが信じてくれている。だからこそ余計負けらんない!

試合時間残り一分を切った青峰っちとの一騎打ち。

油断も隙も見せない青峰っちが一瞬眉をきつく寄せたかと思うと、それまでの険しい表情ではなくなった。
多分、考えるのをやめたんだ。
全神経を使って、俺を止めようとしてる。

…アンタらしいや

ごちゃごちゃ考えないで、俺にぶつかってくる。やっぱメチャクチャ、カッケー…!

だけど。
俺はアンタを倒したいッ!!!

勢いよく跳んで、腕を大きく振りかぶった。青峰っちも食らいついてきて、俺と同じように手を高く伸ばした。

今だッ!!

瞬時にさっき横目で確認した笠松先輩へのパスを送る。これならいくら青峰っちだって!!

「………ッ!!!」

上手くいくと思った。絶対反応出来ない筈だって。だけど…。
バシッと勢いよく弾かれたボールがコロコロと転がり、一斉に会場が湧いた。

読まれてた?
そんな筈ないッ!!
じゃあ、何でだ?!

愕然としていた俺に青峰っちが話しかけてきた。最後の最後にヘマしたなって。

「あのまま1対1だったらお前にも勝つ可能性はあったかもしれねぇ…が、オレならあの場面で目線のフェイクはしねぇ。つまりパスは一見意表をついた選択だが、逆に言えばオレの動きにない一番予測され易い選択だ。
オレのバスケは仲間に頼るようにはできてねぇ」

言われてみればそうだ。
連携こそはしていたけど、頼られていたわけじゃない。そういうバスケスタイルだった。

ダメだ、この試合はもう負

「切りかえろ!試合はまだ終わっちゃいねーぞ!!」

ガシッと頭をつかまれ、顔を上げれば、前には先輩たちの姿があった。そーだ、このチームだったからこそ俺は。

残り10秒を切った時、また青峰っちがいった。オレの勝ちだ、敗因はチームメイトを頼ったお前の弱さだと。

「そうかも…しんないっスね」

確かに最後パスしなければ勝てたかもしれない。…けど、俺だけじゃここまでやれなかったし、俺だけじゃとっくに試合を投げてる。

ここにはいない颯太にだって力をもらった。笠松先輩がエースだっていってくれた。森山先輩だって自分の仕事に集中しろと俺を頼ってくれた。早川先輩だって、小堀先輩だって!!

「だから負けるだけならまだしも、俺だけあきらめるわけにはいかねーんスわ。敗因があるとしたら、ただまだ力が足りなかっただけっス」

青峰っちのシュートは止められなかった。そこで試合終了。結果は海常98VS桐皇110、俺たちの負けだった。

両チーム整列!

その声に立ち上がろうとして、力が入らなかった。ガクッっと体制が傾いて、尻餅をつく。

んだよ、クソッ
情けねー

自分自身に腹が立って、拳を叩きつけた。そんな俺に手をさしのべてくれたのは笠松先輩で「立てるか?もう少し頑張れ」なんて声をかけてくる。

悔しくて、だけど先輩の優しいはありがたくて、「センパイ………俺…」と声が震えた。

「お前はよくやったよ。それにこれで全て終わったわけじゃねぇ」

腕を掴んで俺を立たせてくれた先輩が力強く言った。

「借りは冬、返せ」

礼、ありがとうございました!

試合が終わり、会場から出る際、俺も先輩たちも表情が暗かった。負けて嬉しいやつがいるわけない。

そんな時に笠松先輩が「しょぼくれてんじゃねぇ!!全員すべてを出しきった。全国ベスト8だろう。胸張って帰るぞ!」と言った。先輩だって辛い筈、なのに…。

ロッカーを出て笠松先輩が来ないことを不思議に思っていたら、ケータイの着信音がなった。
メールを見た瞬間。試合中の疲れも吹っ飛んで、気づけば制止の声すら振り切って走り出していた。メールにかかれていた内容は、颯太の危篤状態を知らせるものだったのだ。




ざわざわする
にぎやかでたのしいかんじのざわざわじゃない

なんかひっしにさけんでるみたいだ


男のひとのこえがする。
女のひとのこえがする。

すごく耳慣れたこえだ

「颯太、颯太ッ!!」

女のひとは母さんだった
泣いてるみたい。
あーあせっかくの化粧が台無しだ。母さんは素顔のままでも綺麗だけど。
それを宥めるように、父さんが付き添ってる。
男のひとのこえは父さんだったみたいだ

悲痛そうな声を聞いてられなくて、『かぁ、さん。泣かないでよ』と呟く。掠れきったこえはもしかしたら聞こえなかったかもしれない。

でも母さんの声がピタリと止まった。父さんが俺に声をかけてきた。

「颯太、目を覚ましていたんだな」

声を出すのが辛かった。思うようには動かなかったけど、小さく首を上下させれば、父さんが微かに笑った、気がした。

両親のほかにもたくさん人がいた。周りを囲んでいるようだ。入院した日からお世話になってる医師や看護婦さん、渡辺さんもいる。……やっぱり兄貴はいないようだった。

当たり前か。
I・H(インター・ハイ)だもんね。

謝りたかったけど、会えないなら仕方ない
せめて母さん達には、お礼を言わなくちゃ。
それからごめんねって。

伝えなくちゃ


「親孝行、できなくて…ごめんね。……生んでくれて、…あ、りがとね」

上手く声がでない。苦しい。
どこが痛いかも変わらないくらいに、まんべんなく身体中がいたい。

わけがわからない。

頬に温かいものが当たった。

「親孝行なんていらないよ、颯太。颯太は頑張ってくれたじゃないか。今日はお前の誕生日なんだぞ」

そっか誕生日…
今日は8月1日。
 
13歳の誕生日、なんだ

入院した当初に告げられた余命は二年だった。本当だったら迎えられなかった筈なのだ、誕生日は。

「颯太君、おめでとう」

渡辺さんのこえは相変わらず優しい。
胸が痛くて、ありがとうは言えなかったけど、微笑んでくれた渡辺さんにはなんとなく伝わっている気がした。
 

いたい、なぁ
ずっとここにいたい

兄貴も渡辺さんも、父さんも母さんもいる

身体もいたい

だけどそれ以上にここにいたいのに

なんでこんな病気になっちゃったんだろーなぁ


熱いものが頬をこぼれた。
身体がいたくて、じゃない。心がいたいんだ。

やだ、やだよ

謝れないのも、死んじゃうのも
カウントダウンが迫ってるってわかるのも
全部いやだ

視界がじんわりと歪んできた。
今まで我慢してたものが、全部ぜんぶ溢れ出してきているみたいにとまらない。俺こんな泣き虫だったっけ?

こんなのはじめてだ






病院を走ることはよくない。
だから辛うじて早歩きで見馴れた病室への道のりを急いだ。

まだ言えてないんだ、本当のこと。

あれ以来、顔を合わせづらかった。
だからI・H(インター・ハイ)の練習を自分の言い訳にした。
大会が終わったら会いに行けばいい。
そんな考えすら浮かんでたんだ。

なのにこんな…。
聞いてなかった、颯太の病状がこんなに悪いなんて。
知らなかった、なんて今更遅い。


「颯太ッ!!!!」


開けっ放しの扉から、一歩室内に足を踏み入れれば、医師や渡辺さんの奥、たくさんの管につながれた青白い颯太の顔が見えて、押しのけるような勢いでベットに近づき、手を握った。

微かな温もりに安堵したのもつかの間、颯太の表情を見た瞬間、全身が凍りつくような思いがした。

文字通り、血の気がない。
青白い、なんてものではなかった。

母親似の白くきれいな颯太の面影はあるけれど、別人に思えるほどだ。


『にぃ…ちゃん、……ごめん、ね』


颯太がぽつりと呟いた。11歳くらいまで颯太が呼んでいた懐かしい呼び方だった。もう意識もはっきりしていないのかもしれない。その証拠に瞼が閉じかかってる。

震える自分をごまかすように手を強く握った。

「謝るのは俺の方、っスよ。颯太………ッ!!」

閉じちゃだめだ!
閉じたらかえってこれないかもしれない

それくらい颯太の声はか細くて、今にも途絶えてしまいそうによわよわしい。どうしていいのかすらわからなくて、溢れる涙も拭わず、両手で颯太の左手を握りしめる。

いやだ、いやだ、いやだ!
まだ話していないことがたくさんある。

伝えてないことがたくさんあるんだ。

なのに、口から出るのは嗚咽だけ。
いつもはよく回る舌が、こう肝心な時に役に立たない。

苦しいのは颯太の方、泣きたいのも颯太の方だ。
なのに涙が止まらない。

『笑…ってよ、』

「…………え、」

『わらって、にぃちゃ…』

覗き込むように颯太を見れば、『わらってるの、すき…なんだ』と微かに口角があがった。

こんな時に笑えだなんて…

でも
だからこそ……か。
颯太が望んでるんだ
今、一番辛い颯太が笑ってるのに、俺がやってやんなきゃ駄目だろ。

それに祝ってやんなきゃ、
だって今日は……!


「颯太、誕生日おめでと!!!」


ちゃんと、要望どうりに笑えたかわからない。
ぎこちなかったかもしれない。
それでも、颯太がふっと安心したように笑ってくれたから、きっと通じたんだと思う。

『あり、がと…』

颯太がかすれた声でお礼を言った。目からは一筋の涙が頬を伝い、そのまま静かに瞼を伏せた。

俺が最期にみた颯太の表情は、満足したようなほっとしたような、でもどこか悔しそうな…そんな笑顔だった。











今日は昼から颯太の告別式が行われた。
空は快晴、雲ひとつない。
真っ青な夏空だ。

式には颯太の小学校時代のクラスメートや、担任、所属していたクラブチームの監督までもが来てくれていた。颯太の遺影には、最後に借り退院したときにとった、記念写真を使った。額の中で笑う颯太はほんとに嬉しそうで、あの時を思い出し、式の最中、何度か涙がこぼれそうになった。


「黄瀬君のお兄さん、黄瀬涼太さんですよね?」

それを必死に耐えた式が終わり、空いていたベンチに座っていると、聞きなれない声がした。脱力していた顔を上げればそこには4人の少年たちが立っている。そして全員どこが見覚えがあった。

「そースけど……君たちは?」

「あぁ…すみません。僕たち颯太くんと一緒にプレーしてたクラブチームのメンバーなんです。お兄さんも何度か会場でお会いしましたよね」

言われてみれば。
確かに、そうだ。
あの頃より幾分大人びたけれど、容姿自体はあまりかわっていない。

「思い出したっス!君はたしか、5番つけてたよね?」

「はい、正解です」

前髪を切りそろえたおとなしそうな少年がはにかみ笑顔を浮かべた。確かこの子は颯太のいっこ上の藍沢君。チーム内で颯太の一番仲良しだった子だ。

「君たちも来てくれたんスね!颯太もきっと喜んでるよ!!でも連絡先とか教えてなかったっスよね?」

颯太とは小学校が違う子たちで、都のクラブチームだった。当時小学生だった颯太はケータイも持っていなかったはず。

「みんなチーム辞めてたンですけど、コーチが連絡してくれて…。今は俺ら全員帝光でバスケ部なんで一緒に来たンですよ」

答えてくれたのは不機嫌そうな顔をした一番体格の大きい少年だった。えーと…センターだったどこか火神っち似のこの子は誰だっけ。

「あ、後輩だから俺の名前知ってたんスね!」

「そうでなくてもバスケしてる人なら知ってると思いますけど…。“キセキの世代”って」

「ま、ソウタの兄貴がアンタだなんて思わなかったけど」

「ほんとそーたんと似てるね、黄瀬センパイ」

「そうスかー?」

藍沢君の後に続いて、若草君と、鴇島(トキジマ)君が笑った。この子たちも全然変わってない。颯太はレギュラーのなかで最年少だったけれど、年上のこの子たちもちゃんと存在を認めてくれていた。すごくいいチームだった。

何だか懐かしいっスね

ここに颯太もいたら良かったのに。



「大会で倒れて、それから入院してたんですか…」

細かい説明を尋ねてきた彼らに大まかに事情を話した。暫くは4人とも、何も言わずに口をつぐんだままだった。けれど、ぽつりと 藍沢君 がつぶやいた。

「そんなん今まで知らなかったです」

「……そーたん、つらかったはず」

「チッ! ソウタのヤツなんで知らせてくれなかったんだッ」

「え………知らなかったんスか」

病院で確かに彼らを見たことは一度もなかった。…こういう理由だったんスか。

颯太の一番好きなバスケ。その大事な仲間たち。なのに颯太、何で話さなかったんスか。

「初耳なんすよ。颯太はコーチに事情話すなって固く口止めしてたらしくて」

「…信じられないかもですけど、銀木(シロキ)君の言う通りなんです。だから僕たちはこうして事情を聞きに来ました」

火神っち似の彼は銀木君と言うらしい。悔しそうに顔を歪めながら話す彼の気持ちは痛いほど伝わってきた。

「……そーたんとのバスケ楽しみにしてた。大好きだったの。欲しいとこにパスしてくれるし、指示も的確で分かりやすくて。だから皆、そーたんは絶対バスケやめてない、中学でまた一緒にっておもってた……でも現れなくて、…っ、いきてるうちに逢いたかっ、たぁ…」

ぐすぐすと泣きはじめてしまった鴇島君の頭を撫でることしかできなかった。

でも何かいってあげられないかと頭をフル回転させた。

そんなときに若草君が低い声でつぶやいた。

「ずっと気になってたんだけど、遺影のソウタが着てるのって、ユニフォームすか?帝光の」

なんかライン似てる気して、と頬をかいた。

「そっスよ、俺が初めてレギュラーとして出れた時の。颯太が記念に撮りたいって…。見てわかる通り、すんごくはしゃいでたんスよ、こん時の颯太」

「……幸せそうな顔してるよね、そーたん」

「だな、夏の全国思い出すわ」

「僕たちの中で一番颯太がバスケを好きだった。少なくとも僕はそう思います。四年生唯一のレギュラーで、キャプテンまで任されて、プレッシャーもすごかった筈なのに、そんな様子これっぽっちも見せなくて、いつでも楽しんでプレーしてたから」

「、藍沢君……」

颯太が聞いていたらきっと喜ぶ筈だ。
それは颯太の努力が認められてたってことだから。

「理由は俺も知らないっス、颯太はなにも言わなかったから。でもそれは決して皆が嫌いだったわけでも、信頼してなかったわけでもないと思う。推測に過ぎないスけど、颯太は皆に心配させたくなかったんじゃないスかね」

「心配、ですか」

「そう、心配。……実を言うと、情けない話、死ぬ直前まで颯太の身体が限界を越えてた事に、俺は気づかなかったんスよ。
颯太の変化に気づいてやれなかった。
でももしかすると意図的に気づかせないようにしてたのかもしれない。颯太は常にツンツンしてたけど、実際は俺の応援もしてくれてて、ホント優しい奴だから」

俺が小さく笑うと、4人もつられたように笑ってくれた。颯太ならやりそうだ、そんなふうに皆の表情が言っている。

「あ、でもソウタが優しいのは同意するけど、ツンツンはしてなかったすよ?な、トキ」

「うん、そーたんはつんでれじゃないもん。素直な優しい子だったよ。どっちかといえば天然?に近くて」

えっ、嘘
そんなん初耳過ぎる。

「うぇ、まじスか?!! 天然なんてそんな…颯太が?」

クスクスと藍沢君がおかしそう笑って、目元を拭った。

「かなり動揺してますね、涼太先輩」

「先輩だけにだったンじゃないですか?颯太がツンツンしてたのって」

極めつけは銀木君の一言で、俺は雷に打たれたような衝撃を受けた。

あれ、俺にだけだったんスかね
じゃあ、もしかして詩を教えてくれた時のが本物の颯太だったりしたんスか?

悶々とした気持ちが沸いてきた
けど、答えはわからない。

どっちの颯太も全部颯太なのだ。
どっちも本物の颯太。

けど。

「……納得いかないっスね」

理由が知りたいと思うのはおかしいスかね?颯太





「そんな顔じゃ颯太君が哀しみますよ」

「うわっ!!黒子っち、いつの間に!!」

「ついさっき、君が4人の中学生と別れたあたりからです」

突然の声に振りかえれば、そこには黒子っちが立っていた。この感覚は凄く懐かしい。

「大会以来ぶりっスね、まさかこんなに早く会えるなんて思わなかったっス」

「はい、ボクも同感です」

今日の式には、笠松先輩も、火神っちも、それからキセキの残りのメンバーに、桃っちまで集まってくれた。つい昨日まで I・H(インター・ハイ)だったから、まだ京都や秋田に帰って居なかったのが幸いだったわけだが。
まさか赤司っちや、紫原っちまできてくれるなんて予想外だったっス。

「実はボク、これを渡すために来たんです」

そう言って黒子っちが出したのは手のひらサイズの機械だった。音楽プレイヤーにも見える。

「これは?」

「ICレコーダーですよ、黄瀬君。I・H(インター・ハイ)が始まる前に颯太君から頼まれました。君に渡して欲しいと」

「っ!!、颯太がスか?!!」

颯太が俺に?
なにを録音したんだろ
ケンカの日のことを思い出して、さっと血の気が引いた。

「そんな心配にしなくても大丈夫です。それにしても颯太君はお兄さん思いのいい子ですね。」

「……黒子っち」

「それじゃあボクはこれで」

「あ、ありがとっス」

軽くお辞儀をして黒子っちが会場の外へと歩いていった。その先には火神っちが待っていた。
二人で一緒に来たみたいだ。
並んで歩く後ろ姿は何だか俺と颯太みたいだ。
189pの俺と156cmの颯太。

………ま、もうちょい身長差はあるけど、いつもあんな感じに颯太は俺を見上げてきて、よく頭を撫でたっけ。

何だか懐かしい、感じする

視界がどんどん歪んでいった。二人の姿が滲んでいく。頬をほろほろと涙が零れた。
もうあんなふうに歩くことは出来ない。話すことも、笑いあうこともできない。今更ながらに思い知らされた感じがした。





『あーてすてす、……とれてる、かな?』

スイッチを押した途端、久しぶりの颯太の声に胸が痛んだ。一度ガチャと音が聞こえ、再び颯太の声が聞こえてきた。

『兄貴久しぶり、颯太です。これ録ってるのは I・H(インター・ハイ) 前だけど、兄貴が聴いてる頃にはとっくに終わってる。練習の邪魔だけはしたくなかったんだ。
本当はこんな方法で言いたかったわけじゃないんだけど、どうしても俺の口から伝えたかったから……余裕そうに言っているけど、本当は切羽詰まってる。
だからこれを聞いたら、すぐ会いに来てよ、兄貴。俺からは会いに行けないから』

途中から声にも変化があって、必死さが伝わってきた。颯太が俺に伝えたかったこと?一体なんなのだろう。

『まずはカッとなって怒鳴ったこと反省してる。バスケやってる兄貴が、話題を避けるのにはなんか理由があってのことだったんだろ?なのに、気づかなくて、冷静になればわかった筈なのに。非があるのは俺の方、だから兄貴に謝りたい。直接会って謝りたいから、病院に来てよ』

颯太が謝ってたのは、やっぱこの事だったんスね。けど颯太は悪くない。事情を説明しなかった俺が悪いんだ。

『それからもうひとつ。本当は話すつもりなんてなかったし、隠し通すつもりだったことがある。というかこんなことにならなかったら絶対話さなかったことなんだけど。
実は先月、余命残り2ヶ月だって宣告された。もうすぐ1ヶ月が過ぎる。けどあと1ヶ月はもつかわかんない、…これが切羽詰まってる理由』

苦しそうなのが伝わってくる
こんな重要なこと俺は知らなかったのか。
それに今の今まで親父の気持ちなんて考えて来なかったけど今ならわかるきがする。バスケに颯太がどれだけ打ち込んでいたか知っているからこそ、余計に辛かったんだ。

『黙ってたのには理由があるんだ』

俺が悔やんでいるのを見ているかのように、颯太が言った。

『俺は兄貴にバスケに打ち込んでほしかった。それに今年はきっと凄いI・H(インター・ハイ)になる。だって兄貴の中学時代の 仲間達がライバルになるんだよ?ワクワクするじゃん!!だから応援したかったんだ。
今、兄貴は悔やんでるかもしれない。自分を責めてるかもしれない。けどそれは違う。兄貴は 何ひとつ悪くない。
だからバスケを嫌いにならないで。
あと協力してくれた父さんと母さんの事も。
俺が言わないでって頼んだんだ。兄貴には笑顔が似合う。だからずっと笑っていて欲しかったから』

そんな配慮はいらなかったっスよ、颯太
兄としては頼って欲しかったっス

『それじゃあ兄貴待ってるから。必ず会いに来て』

ハンカチの色がみるみるうちに変わる。涙腺が崩壊したみたいに、拭いても拭いても涙が溢れてきた。

待ってたんだ、颯太は
苦しかった筈なのに
ずっと俺が来るのを信じて待ってたんだ

今更悔いても遅い。

それに颯太だって、
黒子っちだって言ってたじゃないスか

笑ってて欲しいって
そんな顔は颯太が悲しむって

だから俺は笑うよ、颯太

颯太が好きだって言ってくれたから
どんなに辛くても苦しくても
最後は必ず笑うから
颯太はずっと見守っててよ












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引用:『谷川俊太郎詩集 いまぼくに』理論社 水内喜久雄 選


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