短編 | ナノ
moment


オレは黒板の文字を写しながら、時たま一人の生徒に視線を送っていた。

教室の端、最前列の廊下側。

窓側最後尾のオレと、対極にあるため視線が絡まることは滅多にない。だから今日もこうして、ぼんやりと眺めていた。

席の主である宮沢凪は、このクラスの委員長。眼鏡をかけていて、文芸部所属で、いかにも優等生な感じなのだが、性格が気さくで話しやすい。そのせいか陰ながら人気者なんだとか。

「宮沢、P195ページ3行目から終わりまで読んでくれや」

『はい』

すくっと立ち上がった宮沢君が、訛りのない標準語で教科書を読み始めた。謙也から聞いたところによると、小学生までは東京で暮らしていたらしい。

はきはきと聞き取りやすい透明感のある声。中学3年の男子にしては少し高め(金ちゃんがあのまま成長したよりもちょっと高い)だから、合唱部や演劇部なんかも合うんやないかと内心思った。(実際、歌はうまい、らしい…byクラスメート[女子]の噂話)

「…また見てたんか」
呆れ顔でオレを見てくるんは、同じ部活の忍足謙也。

「別にえぇやろ、見とるだけで迷惑かけとらんし」

「それが気色悪いねんて。話しかければえぇやん。あいつ話しやすいで?」

「それはそうなんやけど…」

「ヘタレ」

「謙也にいわれたらおしまいやな…」

返す言葉もなくて、苦笑い。
謙也が不満げにオレを見とるけど、こればっかりは仕方ない。いつものオレやったら確かに、躊躇なく話しに行けるんやろうけど、宮沢君の前では足が竦んでしまうんや。


『白石君!』

どくん、と一際心臓が高鳴った。前扉で宮沢君がオレを呼んだのだ。手招きしながら、『こっち、こっち』と笑う。それに『おん』と返し、誘われるように近寄っていけば、廊下には数人の女子の姿があって。宮沢君を見れば

『彼女達が呼んでたよ』

なんて笑顔でいった。その表情がまたオレの心をえぐるようで

「宮沢君、ありがとーさん」

お礼は言ったけれど、顔までは見れんかった。


「何があったんやっちゅー話や…」

そのまま放課後になり、部活中、謙也に注意される始末。我ながら、集中せなあかんとは思うとっても、身が入らんかった。思った以上に堪えとるんやな、なんて自嘲気味に笑いたい気分だ。


そんな気分のまま、数日が過ぎて、今日は部活も休みな創立記念日。今の状態が続くんは流石にあかん。オレは気分転換にぶらりと市街地に出た。

ラケットを担いでいないのが、少し違和感だが、こんな気持ちのままふるわけにもいかん。何処へ行こうかと本屋の前を通り過ぎようとした時、

『白石君?』

と、聞き覚えのある声に後ろを振り返った。そこには脳内の大半を占めているその本人様、宮沢凪君が首を傾げて立っていた。片手に本屋の紙袋を抱えている。

『あ、やっぱり白石君か!私服格好いいね、君がモテるのもわかるなぁ!』

いつも通りの人懐っこい笑顔をオレに向けてくる。これが、天然無自覚っちゅーやつなんやろか。早まる心臓の上に手をのせ、オレも平然を装って返事を返した。

「宮沢君も似合っとるよ!買い物帰りなん?」

『あ、うん。新巻のマンガをね』

「マンガッ?!なんか意外やなぁ…」

『そうかなぁ?結構読んだりするよ?稀に借りたりとかするし』

「文庫本読んどるイメージしかわかんかったわ……あ」

『ん?』

きょとんと首を傾げ、身長の低い宮沢君がオレを見上げた。自然と上目遣いになった表情は直視出来るもんやなかった。

「い、ま暇なん?立ち話もなんやし、喫茶店とか行かへん?」

『おん、えぇよ』

言い終わった後に、宮沢君がぺろっといたずらっ子のように舌を出した。それがまた少し幼い顔立ちの彼にはしっくりくる表情で、咄嗟に誘ったんはえぇけど、一日心臓がもつか不安になった。


店に入って、宮沢君はブラック、オレは烏龍茶を頼んで、ボックス席に座った。

「こない仰山喋るんは初めてやね、宮沢君」

『そだね、僕らクラスじゃ席遠いし…それに何だか近寄りがたくって…』

「近寄りがたい…?」

『あぁ!!べっ別に嫌いとかじゃなくて、…あのっ……えっとね…』

眉をひそめたオレに、宮沢君はあたふたし始めた。急に顔が赤くなって、視線も何処か落ち着かない。普段の冷静な彼とは、エラい変わりようだった。

『……笑わない?』

「おんっ」

『…僕さ、キラキラオーラを放つ人が、少し苦手、でね、白石君とか忍足君とかテニス部の男子の周りって、女の子とかたくさんいて、ほら…キラキラしてるでしょ?だから自分からはその…行きたくないっていうか……って、白石君ひどい!笑わないって言ったのにっ!!』

「あははは、堪忍堪忍!…けど、そないなこと初めて言われたわ」

まだ顔が赤い彼を愛しく思いながら、嫌われてなかったことに心底安堵した。

『そのオーラって、白石君が努力家で陰ながら頑張っている賜物なんだ。だから女の子は魅力を感じ引きつけられて、ますます近寄りがたい』

「えっ?」と理由を聞きだそうと口を開きかけた時、タイミングよく、飲み物が運ばれてきた。そのまま宮沢君と“いただきます”をして、お互い口を閉ざしてしまった。宮沢君は目を閉じて、珈琲の香を楽しんでいるようで、さっきの話をぶり返しづらい雰囲気だった。

『あ、やっぱり曇っちゃったか…』

ふと声がして顔をあげれば、眼鏡拭きで眼鏡を吹いている宮沢君がおった。眼鏡を外しても、目が大きくてむしろない方が数段綺麗に見える。というか…つけてない方が断然モテるんやないか?素顔のがえぇのに。

「つけてないと新鮮やね」

『そう?じゃあ喫茶店の間は外しとくね』

「そんなに視力悪くないん?」

『というか…僕Aだよ?これは伊達』

「へ?伊達」

『うん』

おかしそうにクスクスと暫く笑った後、宮沢君が『従姉妹につけてた方がいいってアドバイス貰って』と懐かしそうに目を細めた。

「へぇ、従姉妹いたんか…」

『あ、白石君も知ってるんじゃないかな?確かテニス部だもん』

「テニス?」

『ヒントは立海大附属』

似とるんかな?

頭のてっぺんからなぞるように視線を下げていく。群青色の、目がかからない程度の前髪、人懐っこそうな猫目、先ほどから薄く朱色に染まった頬。

「髪色だけでゆーたら、幸村君、やけど…」

『やっぱ知ってるんだ!よく兄弟みたいって言われるんだよね…』

「そーなんや!自分、身長ひっくーよってにな」

『あー!!白石君までそんなこと言う…』

言われてみれば確かに似ているのだろう。ヘアバンドを取ったところは滅多に見ぃひんから想像しかでけへんねんけど。

ぶつぶつと呟く素顔の宮沢君は、普段見慣れない分新鮮で、幸村君が眼鏡を付け足せた理由は何となくやけど想像がついた。

「…凪君て、幸村君以外の前で眼鏡外したことあるん?」

『ん、ないよ?小学校入学してからずっとかけてたから、逆に外したら違和感を感じるようになっちゃったんだ』

「へぇ、そりゃおもろいな」

『…それより、白石君名前呼び…』

「凪君も名前で呼んでや!友情を深めたいねんっ」

『えッ?!…さっきの僕の話聞いてた?』

「聞いとったけど、話すうちに慣れるで!あ、そうや!!今度テニス部に見学来ぃひん?金ちゃんっちゅーごっつすごい一年生おるんよ!」

困惑している凪君がおもろくて、ついつい口が饒舌になる。

たった一日でこんなに秘密を知ることが出来るやなんて、思いもせんかった。せやけど、あの時、店に誘わなかったら、何時までも話せるようにはならへんかったはずや。

『…じゃ、じゃあ今度の月曜日の放課後行こうかな?』

と、勢いに負けて、白旗をあげた凪君に『おんっ』と、オレはとびきりの笑顔で笑いかけた。







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