好きな子ほどいじめたくなる
「凪は今度のテスト平気そう?」
『どうだろう…』
入学式から1ヶ月経ち、自分から声をかけてできた友達ではなかったけれど、僕にもお昼ごはんを一緒にとってくれるひとが出来た。彼は友達が多いし、部活にも入っているから、一緒に食べるときには時々人が増える。すごいなぁって思いながらも、嫌な気はしなくて、今日は誰とかな?なんて毎度密かな楽しみにしている。けれどまぁ人が増えすぎてしまうのも、人見知りな僕にとっては辛いことだったので、多少は不安も混在していた。
今日の話題は音楽の時に言われた次の授業でのリコーダーテストのことだった。
珍しく彼だけで、緑の弁当箱を手にやって来た。
『…でも、僕はあの曲すきだから頑張りたい』
「そっか、じゃあ俺も!凪に負けてらんねーもんっ」
『負けず嫌いだったの?』
「そーじゃねーけど!なーんか凪にはぜってー負けたくねぇんだよ!」
『ふふ、それを負けず嫌いって言うの』
納得していない友人の横顔に、くすくすと笑いながら答え、玉子焼きを咀嚼した。うん、今日のも大成功だ。
「なぁなぁ、凪は本気で部活はいんねーの?」
『またその話題?』
「だってよー、張り合いねーんだもん!今のメンツ」
『レギュラーの先輩方がいるじゃないか』
「同い年のライバルが欲しいんだよ!」
バスケット部の彼は聞いたところによれば、なんともう5月の練習試合でのベンチいりが確定しているらしい。何故かことあるごとに僕を誘ってくる。
『僕じゃ戦力外だよ』
君と違って、体育でしかやったことない僕が、ライバルになり得るわけない。そう毎回断っているのに、しつこく勧誘される。
「えぇー、そんなことないと思うけど」
背後から「いただきまーす」と、声がして、気付いた時には、箸で持っていた海老フライが鴫野貴澄君の口に消えていた。ちなみに鴫野君も友人と同じバスケ部の仲間。時々二人が話してるところ目にするくらいには仲良しのようだけど、ご飯を一緒に取るほどの仲ではないようで、彼と話すのはこれが初めてだった。
『わっ、鴫野君?!』
「てめ、食事中に脅かすなよ!」
「あ、これ美味しい!」
「聞けよ!」
コントみたいな会話に、『美味しかったなら良かった』と僕が言うと、「もう一個ちょーだい?」と鴫野君が微笑んだ。
『え?あ、うん。いいよー』
「こら凪!お前ただでさえ少食なのに、弁当他の奴にやってんなよ!」
友達には大声で怒られた。
『でも……褒めてくれたし、嬉しいもの』
「自分で作ってるの?」
『あ、………うん』
「すっごいね!こんな旨いのなら、オレにも作って欲しいよ」
鴫野君の褒め言葉に頬が緩む。自分のために作ってるものだったから、他の人から褒められるなんて中々ないことだ。だから余計そう感じてしまう。
「わぁ凪君照れてる?可愛い!」
「てか、話ずれてる!」
友達に突っ込まれて、『あっ』と思わず鴫野君を見た。
『そうそう僕、バスケ全然だよ!』
「筋はいいと思うよ?」
『え?』
「体育で見せてもらったけど、練習したら伸びそうなタイプだもん」
『そうかな?』
自分じゃよくわかんない。うーんと首を捻っていると、鴫野君が「ねー、そう思うよね?」と後ろに声をかけた。ん、後ろ?
「んぁ?まーな、何せこの俺からボール取ってたしな!」
そう言って鴫野君の後ろから現れたのは、椎名旭君だった。
『あ、あれは、たまたまだよ!』
「ふーん?」
椎名君の疑いの眼差しに、助けを求めて椅子から立ち、友達の背後に隠れた。
『ホントだもん…』
「……………の割には何回も成功してた気すっけど?」
『あの日がたまたま調子良かったの!』
椎名君こわい。どんだけ根に持ってたんだ。
友人にしがみついて隠れていると、「でも実際すごかったよね」と、もう二人増えた。
「得点王だったな」
『た、橘君!七瀬君まで…』
お昼休みだからか隣のクラスの橘真琴君も来ていて、七瀬遙君も後ろにいて…。また人が増えた。これ以上初対面の人が増えていくのは僕の身が持たない。
『で、も………あれは、マグレで…』
ほんと偶然なのに。
「でも実際すごかったけど?」
「僕も驚いちゃったし」と椎名君の後ろから、ひょこっと顔を出したのは、桐嶋郁也君で、彼はいつも教室で、椎名君や七瀬君たちとご飯を食べてる子だ。
『だからっ……』
5人からの視線に耐えられなくて、僕は隠れていた友人の背中から離れるように走りだした。
「凪君っ」
声がして振り返ると、鴫野君が息を切らして追いかけてきていた。鴫野君足速い!
「もうバスケ部に勧誘しないから止まってよ!」
『っ……』
「それに凪君、まだ昼食食べ終わってないじゃない!」
それはもう気分じゃないから食べたくない。ついでにあの場に戻るのも嫌だ。次は移動教室だから、教室戻んなくていいし、弁当箱はきっと友達がしまってくれて、教科書を持ってきてくれるはず。多分。
だから今は振り切って逃げ切りたい!
「凪君ってば!」
階段を駆け下りて、右に振り切る。そのまま廊下を突っ切った。さっき気付いたけど、鴫野くんはバスケ部ならではというか、直線が苦手みたい。ほらバスケって、人の壁を避けて、シュートを打つから、そーいう動きの方が得意みたいなのだ。僕は決して足は速くないけど。
でも逃げ切りたい。
振り切ってすぐ、空き教室に逃げ込んだ。呼吸が乱れてるのを、手で覆ってしゃがみ込む。
「凪くーーーん!」
隠れてすぐに隣の廊下を鴫野君が駆け抜けていく足音がした。遠ざかっていく音に手を離した。
『は、はぁ……はぁ、』
目立ちたくない。部活もやだ。クラスの中でどこにでもいそうな普通の中学生でいたい。
「見ーつけた!」
『し、鴫野君!?』
ドアを半開きにして入ってきた鴫野君は、僕ほどではないけど息切れしていた。
「逃げたくなるほど嫌だった?」
教室に戻りたくない。
そう伝えると、鴫野君は僕の隣に、同じく膝を抱えて座った。
「僕は体育見てた限りじゃ楽しんでるように見えたけど」
俯いて、何も答えられずにいると、鴫野君はちらっと僕を見てから話を続けた。
「…バスケ部って一年は基礎練習とボール拾いでね。まだ本格的に練習入れてるのって君の友達くらいなんだけど……」
全然関係のない先が見えない話に、僕は少し耳を傾けた。
「一昨日、ランニングで外のグラウンド走ってた時に、たまたまプールがみえたんだ。そこには水泳部のみんながいたんだけど。その中でも特にハルが印象的でね」
ハル?………あぁ、七瀬君のことか。
初めて見た時から、あの透き通った水のような瞳が綺麗だと思っていた。
「目を輝かせて、早く水に入りたくてウズウズしているのが伝わってきてね。凪君も同じように見えた。……だから、推してたんだ」
鴫野君は慎重に言葉を選びながら話してくれた。
「ごめんね?無理強いしちゃって」
『………鴫野君』
「凪君?」
『……僕は部活にはいるのがやなの。でも遊びなら時々やってもいいよ?バスケ』
「ほんと?!」
『………………うん』
部活じゃないならいい。友達同士でやるバスケならやってもいい。それにもともと、嫌いなわけじゃない。嫌いなのは目立つことだから。
僕がそう伝えて小さく笑うと、安心したように鴫野君にもやっと笑みが戻る。僕には少しだけ眩しかったけど、誰にでも好かれる理由は彼のこの笑顔にある気がした。
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