短編 | ナノ
The ersatz feeling in love

体育館をじーっと見渡す。入学当時から密かに見守り続けること一年と少し。憧れの先輩はバレー部に所属していた。まだ本人と直接話したことは一度もない。だけどいつかは、せめてあの人が卒業してしまう前には話がしてみたい。

「また見学に来てたのか、お前」

『あ、澤村先輩!お疲れ様です』

いつものように体育館横の窓から中の様子を窺っていれば、呆れた顔の部長さんがきた。もう一年もここに通いつめているのを知っている先輩なので、極度の上がり症な俺でも流石に馴れた。

「……体育館入ってもいいんだぞ?」

『練習邪魔しちゃ悪いですし構いませんよー』

「もう二年なんだぞ?人と話すだけでそんなんで大丈夫か」

そう先輩のおっしゃる通り、『お疲れ様です』でも『いつも応援しています』でもただ一言口にすればいいのだ。ただ一言。しかしその一言さえ口にできない。頭のなかでは何度もシミュレーションを繰り返せるのにいざ本人を前にすると、前にする前に俺の気持ちに正直な身体が勝手にUターンをはじめる。

『大丈夫です、あーなるのは憧れのあの人の前だけですから!』

「そうは言ったってな………………あっ、スガ!」

部長さんが遠くに見えた人影に気づいた時には俺の足は走り始めていた。体育で本気を出したときよりも早く、腕を大きくふって加速していく。体育館から逃げて、校舎の影に身を隠すようにしゃがみこむと、どっと汗が吹き出してきた。

菅原先輩。

部長さんが声をかけたスガというのは、菅原先輩の愛称みたいなものだ。実際に同級生でバレー部のめちゃくちゃこわい田中龍之介が「スガさんっ」と呼んでいるのを何度か耳にしている。

それにしても菅原先輩に見つからなかっただろうか?

今回はかなーり結構ギリギリだったと思う。距離的には離れていた。150mはあったと、思う。だけどだけどいつもは見えない色素の薄い髪色がふんわりと風に揺れるところをみた。白い肌に太陽の光が反射しているのをみた。思い出したそれだけで顔が熱くなった。

『あーほんとかっけぇ…』

両手を頬にあて縮こまる。赤い顔を誰にも見られたくなかった。

「それ誰のこと?」

近づいてきた足音はきっと澤村先輩だろう。先輩はいつも走って逃げる俺を追いかけてきてくれる。視界に入った黒いジャージをみて顔をあげずに答えた。

『誰って澤村先輩はご存じじゃないですか…、菅原先輩ですよ。憧れのッ』

からかわれてるんだと思って、ガバッと顔を上げればそこに立っていたのは黒髪の澤村先輩ではなかった。

「憧れてくれてたんだ?」

ふわっと風に髪を揺らしながら微笑む。菅原先輩は強い風に髪を押さえる仕草もよく似合っていた。

『………っ…』

あ、あの菅原先輩が目の前に立っている。遠くから見るだけでも眩しかったのに、こんな目と鼻の先にいる。このままじゃ火傷じゃなくて光による失明でもしちゃうんじゃないか。爆発しそうなほどに心臓はうるさくて、呼吸するのも忘れて身体の全機能が一時停止した。

「ん?体調でも悪い?」

菅原先輩がしゃがんで視線が同じになる。澄んだひとみにあほみたいな顔の自分が映りこんだ。

『(………菅原先輩が、みてる。俺を……みてる)』

意識するのに数分かかった。

『……ぁ、あ……あ、あれっ、な、なな…んで、澤村せん ぱ、』

「気になってたんだ」

『えっ、あ…、あの…っ』

「温かい視線を感じるのに見えなくて、文字通り影から見守っててくれた」

あれは君だったんだろ?
硬直していた俺の手にそっと手が添えられた。壊れ物をさわるようにやさしい。

「ずっと言いたかった。応援ありがとうって」

ニッと笑った菅原先輩はいつも遠目からみていたよりもずっと眩しくてずっとずっと綺麗だった。







「お疲れ様、宮沢」

『うぇっ、…あっ、おお、お、お疲れ様ですっ!!!』

「っもういい加減肩の力ぬくべー」

『…わっ……』

あの日から宮沢はマネージャーとしてバレー部に来てくれていた。もう2ヶ月くらい経つというのに、未だに話しかけられることに慣れていないみたいだ。肩に触れば、びくりと動きを止めてしまう。

「凪、いっつもサンキューな。清水も助かってるって」

『ほんとですか!それなら良かったですっ』

宮沢に視線を向けると、大地と話してるのが目に入った。2ヶ月前から大地とだけは自然体で話す宮沢。二人は以前から知り合っていたらしい。……嫌われているわけじゃないと知ってる。けどここ最近そんな二人を見るたびに左胸がモヤモヤとした。






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