短編 | ナノ
入道雲を追いかけて

タイトルはCon Brio様からお借りしました。


部活が午前中で終わり、屋上庭園へと足を向けた。あそこでのお昼は夏休みが始まって以来、凪の楽しみの一つであった。

『んー!やっぱきもちいい』


風通しがいいとは言いにくい弓道場。それに比べて、風が心地よいこの場所は最高だった。
暑くてたまらない?日かげがない?
夏なんだからどんとこいだ!
暑さのせいか割と、というか人っ子一人いない。
そんなわけで凪はひとりで屋上庭園を独占していた。購買で買った冷えた飲み物を喉を鳴らして飲んだ。それだけで満足してしまい、空を見上げた。


「なにしてるの、凪」

『あ、梓先輩』


突然、逆さまで視界に入った先輩に驚き、ベンチに座り直した。隣に宇宙科の先輩でもあり部活の先輩でもある木ノ瀬梓先輩が座った。


『日光浴、ですかね?』

「聞いてるのはこっち」

『そーでしたね』

「ちゃんと答えてよ」

不機嫌そうな声色に表情を窺えば、ムスッとした梓先輩と目が合う。『答えてますってば』と言えば、ますます眉間に皺がよった。

『そーいう先輩はどーしてここに?』

「凪と同じ」

『(…大人げない、先輩なのに)』

「何か言った?」

『別に』

「そう」

そう言って澄ました顔して、梓先輩が目を閉じた。そのタイミングで僕は内心溜息をついた。この敏い先輩はよくこうして僕の所にやってきて、今のようにちょっかいをかけてくる。何が楽しいのか、いつも作ったような笑顔を張り付けているように見えて、少し苦手。何故人の感情に鈍い僕が、そんな笑顔をしていることに気づいたかというと。それは学校内でマドンナと呼ばれる月子先輩と話しているところを毎度のように見ているから。
 
僕に向ける視線やその時の表情、醸し出す雰囲気、口調なにもかも違う。毎日のように話すのを見ていれば、どんなに感情というものに疎くても、気づけない鈍感などいない……と鈍感な僕は思う。

そんなに嫌いならわざわざ来なければいいのに。

不機嫌そうな先輩を見ながら、僕は内心、もう一度ため息をついた。




いつものように凪が『お疲れ様でした、お先に失礼します』と言って、弓道場を後にしたのを目の端でとらえた。目の前で夜久先輩がくすくすと笑いだす。

「そんなに気になるなら、今日こそは追いかけてみれば?」

「彼に興味なんてありませんて何度言えば…」

「嘘」

そういって、夜久先輩も彼の出て行った扉に視線を向けて、ふんわりと笑った。

「いつも見てるよね、凪君のこと」

「もっと素直にだよ?」と背中を押されて、僕は弓道場を出された。入り口では夜久先輩が手を振っている。なんで先輩が嬉しそうにしているんだ…。寮のほうにも戻るに戻れなくて、気づけば、足は階段を上っていた。

吸い込まれるように、扉をそっと開ければ、入道雲の広がる空の下、ベンチに足を延ばした状態で座っている凪がいた。視線は空に注がれていて、僕が入ってきたことにも気づいていない様子。脅かそうと思って、そっと後ろ手で扉を閉めた。
 
入道雲を見つめる凪の表情は、子供のようだった。普段、弓道場で見せるようなわずかに眉を寄せた顔でも、的を射ぬくように見る真剣な顔でも、照れ隠しをする時のはにかんだ笑顔でもない。

僕の初めて見る表情だった。

思わず時間が過ぎるのを忘れた。凪が飲み物を飲み終えても、僕はその場を動けずにいた。

透き通るように白い肌が日に当たって光る。日本人離れしたハニーブラウン色の髪が風に揺れる。指が勝手に動いてカメラの枠のように横長の長方形を作った。真ん中に凪が来るように腕を動かせば、一枚の絵画のようになった。

いつから気になってたのかはわからない。でも、夜久先輩のいうようにいつの間にか目の端にでも彼の姿を捉えておきたくなった。

腕を下し凪に近づく。いつの間にか入道雲は消えていた。

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