夢見ていた世界に触れたよ
風をあびて走るのが好き。
実際に足で走るのが苦手でも、自転車はこぐだけでどんどん早くなるから好きだった。
それに景色もすぐ変わる。
速ければ速いほど、空気が変わる。
これだからロードレースはやめられない。
私立箱根学園高校自転車競技部
僕はそこに所属していた。同級生には一年でレギュラーを獲得した真波くんがいる。
真波くんのように山は得意じゃない。僕はどちらかといえばスプリンターだ。まだ新開さんの足元にも及ばないけど、いつかレギュラーになりたいと思っている。
「あ、凪くん。こんなとこまで来てたんだね」
後ろから近づいてきたのは、真波くんだった。
『一応スプリンターだからね。でも追い付かれちゃったかー』
「山が見えたからワクワクしちゃってさ」
『ははっ、真波くんらしいや』
箱根山に近づくにつれ空気が澄んだものになる。思いっきり吸い込むと、身体を冷たい空気がまわった。
『気持ちいい…』
「自転車で駆け抜けるともっと気持ちいいよ?」
『出来るだけ努力するよ』
「うん。じゃあ無駄話してると怒られるし、先に行くね!」
言い終えるか終えないか暗いのタイミングで、真波くんが加速した。目前に迫る山に早く挑みたいんだろう。ぐんぐんとケイデンスをあげていく。
一メートル、十メートル。
その差が広がる。
真っ白い背中が遠ざかるのを見ていてたくなくて、視線を下げた。
「凪くん、箱根山だっ!」
数十メートル先の真波くんが叫んだ。嬉しそうな声色につられて、顔をあげる。
「加速しよ」
『で、でも…』
「山が終わればゴールだよ!ケイデンスあげて!」
そんなこと言われても。
『登りきる体力なくなっちゃうよ!』
叫び返すと真波くんが振り向く。
「いつもより天気が味方してくれてる。だから行こう?凪くん」
真波くんは笑っていた。
その笑顔に引き付けられるように、自然と足が早くなる。心臓の音が耳にも届くくらい高鳴った。
上がる息づかいよりも、体力の心配よりも、わくわくが上回る。
『真波くん、待って!』
「凪くん?」
『一緒に行きたい………ううん、違う。一緒に行こう!』
真波くんに連れてってもらうんじゃなく、自分の力で行く。そうじゃなきゃ意味がない。平地が得意だから、疲れてしまうから、なんてただの言い訳。
だから、こがなくちゃ。
レギュラーになりたいと本気で思っているのなら。
title:
チェリーレッド様
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