短編 | ナノ
ほしくづの中にきえてしまいたい

「…神様みたいないい子でしたっていうあの最後の文、僕は結構気に入ってるんだけど、君はどう?」

『僕はあの内容そのものが苦手なんだよね。なんというか最後になるにつれて苦しくなる』

「確かに人を選ぶ話かもしれないね」

クラスメートの橘君と教科書の中の文学作品談義をしているところへ、明るい声が飛び込んできた。声に負けないくらい明るくて元気な男の子、葉月君だ。葉月君は橘君や七瀬君と同じ水泳部に所属している。

「ハルちゃん、マコちゃーん!それからミヤちゃーん!一緒に帰ろーよ!」

「渚!ちょっとまだハルがいないから、待っててもいいかな?」

「あっほんとだ!ハルちゃんどーしたのー?」

『職員室の天方先生によばれてるの。渚君は…ひとり?』

「…怜ちゃんは図書室で、静かに勉強してから帰るって」

「あー、それで…」

テストが1週間後に迫った岩鳶高校は、特例を除き、部活動が休止させられる。僕の所属する美術部も、締め切りの近づいた展示会がないため、大会のない水泳部同様休みになった。

「そーいえばミヤちゃん、進展してるの?」

『え、えっと……何のことかな?』

「ハルちゃんとのことだよー」

「えっハル?」

誤魔化そうとしてとぼけたふりをすると、じとりと渚君が見つめ続けてくる。その視線から逃れるように、明後日の方角に視線を向けた。幼馴染みの名前に橘君が反応した。

「そうそうミヤちゃんねー、ほんとはー」

『わぁーわぁ!それ以上言っちゃダメー!!』

「まだ何も言ってないよー」

渚君が拗ねたように言う。

『渚君は口が軽いから、全部ばらしちゃうでしょ』

「ミヤちゃんひどーい!そんなことしないもん 」

『今バラそうとしたよ、いくら橘君でも話しちゃやです!』

「それじゃつまらなーい」

『つまらなくていーの!』

「まぁまぁ二人とも、そのくらいにしよ?渚、無理に言わなくていいから。凪君知られたくないみたいだし」

助け船を出してくれた橘君はほんといい人だ。なんで橘君にバレなくて、渚君にバレてしまったんだろ。どうせバレてしまうのだったら、引かれてもいいから橘君がよかった。





あれは夏休みの部活中だった。
文化祭の展示が校内風景に決まり、写真をとってそれを自分の絵にするというものになった。実際にもととなった写真も展示するということで、こだわって撮らなくてはいけない。展覧会なとで、時々賞を貰っていた僕は、部長から「期待してるからな」なんて余計な一言があったせいか、変に緊張してシャッターをきれずにいた。

腰を低く落とした状態から花壇を中心におき、背後の校舎をぼやかし、一枚とる。

「校舎……なんて、ありきたりすぎるかな」

手前の緑や赤の色ははえるけど、いつも見ているものをただ視線を低くしてとらえただけのもの。新鮮味にかけてしまう。


「ハルちゃーん、ファイトー!!」

「遙先輩ラストでーす!」


声につられてふと顔を上げれば、そこにはプールがあった。体育館からの運動部の声に混じり、水の音が耳に聞こえてくる。つられるように近づいていくと、フェンス越しに声が大きくなった。

(新設された水泳部、か)

確か同じクラスの橘真琴君が部長をしているときいた。

(少し覗かせてもらおうっと)

僕は靴を脱いで、ゆっくりとプールサイドへと続く階段をあがった。


「わぁ…!」


プールを囲むような緑の中心に、キラキラと光る水面がある。太陽のひかりを全身に浴びる中心を泳ぐのは誰だろう。さすように水に入っていく手が、水面に水しぶきを生む。そのひとつひとつが綺麗だった。水に負けないように、というよりかは水と一体になっている感じ。波を自ら作り溶け込む、みたいな。なんというか不思議な気持ちになる。プールだから、もともと海のように波はないけれど、その泳ぎからは水に飲み込まれない強さを感じた。

「ラストでーす!」

女の子の声と同時に、プールの壁をタッチしたその人は水面から顔をあげた。前髪を左右にふりながら、水を払う。滴がきらきらと光る。

『きれい………』

思わず魅入ってしまった。時間を忘れてしまったようだった。水の中の人と目が合う。

『あっ……!』

それは七瀬君だった。同じクラスで、窓際に座る瞳の綺麗な男子生徒だ。部長が以前強引な勧誘をしていた、あの七瀬君だ。

僕が何も言えずに立ち尽くしていると、「あれ、宮沢君?どうしたの?」と、声がした。

『あっ橘君…』

「部活?美術部だったよね?」

手に持つカメラを不思議に思ったのか、首を傾げながら近づいてきたのは、しっかりと筋肉のついた橘君だった。その後ろには先ほどまで泳いでいた七瀬君の姿がある。こちらに近づいてくる彼の姿に、胸がどきどきした。

『あ、あの、絵の題材にさせてくださいっ!!』

「へっ?!」

『上手く描けるか自信ないんだけど、…その、綺麗だったから!』

直感的にこれだ!……そう思った。七瀬君の泳ぎを見た瞬間、描かなきゃ損をしてしまうと、自分の中にある何かが騒いだ。

描け、描いてみろ。

そんなふうにざわざわする。胸がどきどきしっぱなしで、顔が熱くて、でもどうにか気持ちを伝えたくて叫んだ。

『水を感じてる皆を描きたいんだ!!』

あの瞬間から、僕は無意識に七瀬君に好意を寄せ始めていた。





あの日以来渚君は僕に会うたびに、「ミヤちゃんはハルちゃんを描きたかったんだよねー」と、にまにま笑いながら話しかけてくる。

「顔が林檎みたいで、バレバレだったよー」

あとで渚君に聞いたら、そんな答えが返ってきた。赤いだけでバレてたら、本人にも知られていそうでこわい。

ちなみに完成した作品は三枚。うち二枚は文化祭で展示して、今は水泳部の部室に飾られている。四人の選手がそれぞれのレーンで、自分の泳ぎをして、マネージャーの松岡さんと、顧問の天方先生が応援しているものと、全員の集合写真。

…最後の一枚は自分の家にある七瀬君が泳いでいる最中を写した絵。これは誰にも話していないし、秘密である。

まぁそんな経緯があって、あの日以来水泳部の皆との距離がグッと縮まり、今ではお昼や帰りまで誘われる仲になった。七瀬君の近くにいられることは嬉しいけど、名前を呼ばれるたびに挙動不審になっていやしないかと、心拍数が急上昇するばかりだ。

「ねーミヤちゃん」

『んー?』

「あの、皆を描きたいんだって台詞、ホントはハルちゃんを描きたかったんじゃない?」

『な?!ち、違うからっ』

「だってハルちゃんしか泳いでなかったし」

『それでも!』

「もー頑固だなぁ!」

『蒸し返す渚君もひどいと思うー』

橘君があまりにも遅い七瀬君を迎えにいってから、渚君は夏休みのことを今さら話題にしてきた。もう二学期の期末試験の期間中なのに、と適当に答えることにする。

「えぇー、でもミヤちゃんハルちゃんずっと目で追ってるよね」

『そんなことないよ、渚君や怜君もちゃんと見てるから』

先ほどから暇なのでスケッチブックに落書きをしていた。七瀬君の好きなイワトビちゃんである。いつだったかリアルイワトビちゃんを見せてもらったけど、あんなに精度の高いものは、リアルすぎて正直気持ちが悪いので、イワトビちゃん水着バージョンをかく。あれ、水着どんなんだっけ。

「でもハルちゃん一番でしょ?」

『ん………まぁそりゃね』

「なんでー?」

『なんでって。渚君知ってるじゃん。僕が好きだって
こと』

「誰が誰を好きだって?」

『だから、僕が七瀬君のことを、だよ』

あ、水着に線をいれたら七瀬君のに似てるかも。これ、たしか皆で色ちがいなんだよね。七瀬君は紫っと。

『………渚君?』

渚君の声が聞こえなくなった。やけに静かになったことを不思議に思い、顔をあげると、渚君の座っていた場所に、七瀬君がいた。思いの外近かった顔に、『うわっ 』っと飛び退いた。

『いいい、いつからいたの?!』

「そんなことより宮沢、俺が好きなのか?」

『……き、聞いてたの?!!』

聞かれてたのー?!!

「あぁ」

お、終わった………
僕の人生終わった…、
まさか七瀬君本人に知られるなんて恥ずかしすぎる。
いや恥ずかしいを飛び越えてしねる。
七瀬君に顔向けできないよ。今すぐに教室を飛び出して、屋上から飛び降りたいかも。明日からは引きこもりかな?とりあえず今の現状打破するには、もうダッシュするしか………あ、僕文化部員だよ。忘れてた。足遅いんだよ、人並み以上に。七瀬君あっという間に追いついちゃうや………あー、どーしよ、まじどーしよ。

「宮沢?」

七瀬君が顔を覗き混んでくる。
あーなんて綺麗な瞳をしてるんだろ。綺麗だな。お人形さんみたいに綺麗。綺麗しか連呼できないくらい、僕は混乱していた。

あー、ほ し く づ の 中 に き え て し ま い た い …!



title:さよならシャンソン

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