日常のひとこま
中間テスト最終日、数学。
チャイムがなってようやくすべてのテストが終了した。
「なぁー、終わった〜!なっつめどうだった?」
やけに元気な西村の声に、前の席の夏目はため息をはいた。顔色も優れない。
「そうか、そうか!」
「寝不足で頭が働かなかった……」
「ばっかだなぁー!徹夜で詰め込もうなんて、考えが甘いんだよー」
「はぁー」
さらに肩を落とした夏目を見てられなくて、宮沢は夏目の席の前まで移動して励ました。
『ま、まぁ夏目。落ち込まないで?僕も徹夜派だしさ』
「凪は結果も伴ってるからいいだろー」
『えと……ごめん?』
「そこで謝っちゃダメだろー」
ますます夏目を落ち込ませたと、宮沢がへこみ始めたところで、ケタケタと笑っていた西村が「それよりさっ」と、夏目の肩越しに身を乗り出してきた。
「気分転換にどっかいこーぜー!」
ジャーンという効果音と共に、西村が机に広げたのは旅行のパンフレット。宮沢はそのうちの一冊を手にとった。
(さんぽ日和……?)
『てきとうに歩くってキャッチコピーはどうなんだろ…』
宮沢が独り言を呟いていれば、「なになにまたどこかに行くのー?」と、笹田が近づいてきた。
「なんだよー、絡んでくるなよー」
「いいじゃなーい」
『あっ』
持っていたパンフレットを笹田がすっと取り、ペラペラとめくる。
「あぁー!この美術館いきたーい」
「そんなとこ行かないっての」
西村と笹田のやりとりをみて夏目が笑った。転校してきた当初より、最近よく見られる夏目のこの笑顔が僕は好きだ。
『夏目は美術館とかすきー?』
「絵はあまり。でも友達と行くなら行ってもいい気がする」
『でも西村はうるさそうだよね』
「だな」
「こら、お前ら聞こえてるぞ!」
『ごめん、ごめん!』
(でも一人くらい賑やかさんがいなきゃつまんないよね。西村君はムードメーカーにはぴったり…というかトラブルメーカーかな?)
宮沢は腕を組んでおこっている西村を見ながら、そんなことを考えていた。
HRのあとの掃除の途中、「また釣りに行くか?」と、教室を掃きながら夏目が言った。
そういえば、まだ決まっていない。
宮沢は箒を止めて夏目をみた。
「芸がないなぁー、やっぱ秋だしぶどう狩りとか!」
机を運びながらそう言ったのは西村。それに笹田が、「駄目よ、もっと人生勉強になるとこに行かなきゃ」なんてお堅いことをいう。
『それは学校行事で行くからいいじゃない』
「凪のいう通りだぜ、何で遊びでそんなとこ行かなきゃいけないんだよー」
笹田の睨むような視線をツンとした顔でスルーしている西村に思わず吹き出す。
「何か文句ある?」
『や、ないです。すみませ…』
笹田の視線が宮沢に移ったところでタイミングよく、前のドアから隣のクラスの田沼と北本がやって来た。
「西村ー!!帰ろーぜ」
「おっちょーどいいや、お前らどこがいー?」
「何だ?」
田沼が不思議な顔で疑問符を浮かべた。
どうやら計画を知らなかったらしい。
「遊びに行く計画だろ?海にしよーぜ」
「この寒いのに海はねーだろ」
『秋の海も嫌いじゃないけど』
「風強いんじゃないか?」
西村の方にやって来た北本を見ていると、田沼が笹田をみて立ち止まっていた。
『田沼どーしたの?笹田さんと見つめあっちゃって…』
宮沢が尋ねると、「全然そんなんじゃないわよ」と笹田がつっけんどんに言った。
「ただ最近田沼君ってイメージ変わったなぁーと思って」
「えっ」
「クラス違うからよく知らなかったけど、もっとクールなのかと思ってた」
(今でも十分クールだと思うんだけど)
「男子と馬鹿話してるイメージないもの」
笹田の一言に西村が、「それは俺達がいつも馬鹿話してるって意味かぁ!!」と食いついた。
(いつも思うけど、そーいうとこが馬鹿っぽいんじゃないかな?)
「あー、夏目君は別よー?」
『え、僕馬鹿じゃないよ?』
「宮沢君はちょっと天然入ってるけど、まぁ馬鹿ではないわね」
『やった!』
「そこは喜んじゃ駄目だろ」
『え?』
北本が苦笑している意味がわからなくて、宮沢が首を傾げていると、西村が夏目と宮沢の肩に手をおいた。
「いーや?こいつらも結構同類だぜー?」
「はぁ?」
『そーなの?』
「そうそう、田沼だっておんなじだ!」
北本が田沼に同じようにしたのをみて、笹田は「夏目君も田沼君も転校生で最初無口だったし」と、黒板から身を乗り出して言った。
「そうそう、もっとスカした奴かと思ってたよ」
「話してみたら俺らとおんなじでさ」
「あと二人とも貧血で倒れるし」
『それから性格が控えめなのも似てるよね』
三人であれこれ共通点を出していると、夏目と田沼は二人して照れたように笑った。
机をもとの通りに直し終えたときには、もう西日が差し込み始めていた。
「あーもうめんどくさいなー、また釣りにするか」
「芸がないっていったのは自分だろ?」
「なんかあれだな。俺達も大人になってきたってことだな」
北本の言葉に「えっ?」と西村、宮沢は『大人?』と、首を傾げた。
「だってそうだろ?子供の頃はせいぜい遊びに行くって言っても、近所の公園や空き地で十分楽しかったわけだ」
「あー、そういう意味ね」
笹田が相槌をうつ。北本が続けてこういった。
「人間は年齢と共にふさわしい遊びを覚えていくもんなんだ。直に俺達は大人の遊びを覚えることになるだろう」
諭すような口調の北本に、声を合わせて「大人の遊びかぁ」と呟くと、ばちっと音がした。それは笹田がパンフレットで机を叩いた音で、「こーらー」と、じろりと睨まれた。
「やー、その子供の頃なら何やっても楽しかったから、こんなに悩むことなかったのになぁーっと」
言い訳じみた言葉ではあったが、「まぁな」と田沼が賛同した。
『そうだよね』
「毎日がイベントだったもんなー」
「子供の頃、どんな遊びしてた?私はままごととかおはじきとかー」
笹田があげるものは女子特有の遊びだ。
「俺は探険隊ごっことかしてたなぁ」
そういったのはまたしても北本。それに夏目が聞き返した。
「探険隊?」
「あぁ」
「近所の小さい子連れて、浄水場の方までいって、あとですんげー叱られたりしたよ」
『随分面白いことしてたんだね』
「そーいう凪は何してたんだ?」
西村の問いに『僕は引きこもって絵ばっかり書いてた』と笑った。
「北本みたいなのなら俺もしてたよ。本堂の境内でかくれんぼして、文化財の御堂に隠れてたら親父に見つかって殴られた」
田沼がそんなことをしていたイメージがわかなくて、宮沢が首を傾げていたのに対して、西村は腕を頭の後ろで組ながらいった。
「かくれんぼ、鬼ごっこは定番だなっ!」
「影踏み鬼!!」
「へ?」
「私影踏み鬼ばっかりやってた!影踏まれたら鬼になるやつ」
笹田の言葉に夏目が、「それなら俺も知ってる」と言った。
「そりゃ知ってるだろっ」
「っ、そうだな」
頭をかきながら笑いだした夏目は、空を見つめて動きをとめていた。どこか様子が違う夏目に名前を呼ぶ。
『夏目?』
「ん?」
偽りない笑顔で宮沢をみた夏目に、宮沢は何でもないと笑い返した。さっきの表情は気のせいだったのだと思うことにして。
すっかり日が傾き、夕陽で染まった校舎をバックに歩く。地面には六人の影がうつった。
「結局どこ行くか決まらないな」
「お前が反対ばかりするからだろー?」
『もういっそ美術館でも』
「それでも構わないけどな」
西村と北本に、宮沢と田沼がそんなことを口々にいうと、「ねえ、夏目君はどこいきたい?」と、笹田は夏目君のとこだけ強調させていった。
「おれはー…。正直どこでもいいんだ。皆で一緒に行けるならそれだけで楽しい」
そういって微笑んだ夏目をみて、皆も納得したように笑った。
結局計画はなくなって、帰りにソフトクリームを食べて満足してしまった。けど、みんなでいれることを楽しいと思っているのは夏目だけじゃなく、ここにいる全員の本心だった。
たまにはこんな日があっても、また西村あたりが計画をたててくれるはずだ。卒業が刻々と迫ってきているけれど、卒業してからもまたこんなふうに集まれたら、なんて思わずにはいられなかった。
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