水神の申し子
水のように透き通った真っ直ぐな瞳を持つ彼を見た。その時はまだビートバンがないと泳げなかった僕は、あまりにも自由に泳ぐ彼を見ておもったんだ。彼は産まれたときから水に愛されていたのかもしれないと。
「ハル、ミヤちゃんのこと覚えてない?低学年だったときスイミングスクール同じだったんだけど」
「知らない」
「そっかぁ」
しょんぼりとした真琴の肩に手をおいた。
『橘君は優しいな。…でも仕方ないよ、だってあれから5年以上も経ってるし』
僕は、二学年までこのあたりのスイミングスクールに通っていた。親の転勤で、通うのが困難になって、水泳をやめた。けれど父の実家で、介護が必要になり、また戻ってきたのだ。
『これからは同じクラスみたいだしよろしくね、七瀬君』
「…あぁ」
「ミヤちゃんはもうちょっと悲しみなよー!ハルちゃんも初対面な対応しないのー!」
真琴の不服そうな表情に、凪は頬をかいた。
『そんなこと言われても、記憶って簡単に甦るもんじゃないよ。同じスイミングスクールにいた。ただそれだけじゃない』
だから仕方ないのだ。
確かに僕はあの頃、彼に憧れていたし、今だって再会できたことを叫びたいくらい嬉しい。だけど相手が覚えていないんじゃただ迷惑をかけてしまうだけだ。思い出せ、なんて強く言いたくはない。
「ミヤちゃん…」
彼の落ち込んだ顔を見たくなくて、凪は顔を背けた。
なんで橘君がそんな辛そうにするのだ。
自分が忘れられたわけじゃないのに。
「あのさ」
『何?七瀬君』
「名前は?」
『えと、宮沢凪……だけど』
真正面に遙が立ったことで、凪は少なからず動揺しながらも答えた。
背伸びたんだ。
いつの間にか越されちゃってるや。
当時凪はそれなりに高い方で、真琴よりも少し高かった。けれど今ではそんなこともなくなって、辛うじて170はあるものの遙よりも5cmくらい低い。真琴に至っては少し見上げてしまうほどだ。
「………空色のキャップ愛用してたか?」
『えっ?えっと…うん』
空色が好きなのは今でも健在だ。ゴーグルを白にして、空を意識していたほど。流石に昔みたいに持ち物すべてが空色ではないが。
『海の青には及ばないけど、水の色に似てるから好きなんだよね。空色』
凪が思いだし笑いをしていると、それを見た遙も僅かながらに表情を和らげた。
「変わらないな、お前」
『っ!』
「ハルちゃんようやく思い出したんだ!よかったね、ミヤちゃん………って泣いてる?!」
『な、泣いてない!』
「えっでも目……」
『泣いてないってば!橘君しつこい』
「とばっちりだよ!」
潤みはしたけど、泣いてないと抗議すれば、あまり表情を変えない彼も、「それじゃ肯定してるぞ」と、小さく笑う。
滅多に見ないその笑顔があまりにも綺麗で、初めて彼のクロールをみたときみたいに、思わず動きを止めて魅入ってしまった。
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