中編 | ナノ
絶美なる氷の麗華が散る

今日のことを忘れよう、忘れようとしながら、最後のスケジュールをこなした。その一日の最後の最後に、特大の爆弾が落ちてくるなんて、想定外だった。

「貴方が…pol*risのゆうさんですか?」

改めて、目の前に立ちはだかる水色の制服姿の彼に目をやる。真っ直ぐ人の目をそらさずに向けられる紳士的な眼差しに、緋色の髪。彼は自身を、朱桜司と名乗った。





マネージャーが裏口へ車を回すと言って離れて数秒後、近くに止まっていた黒塗りの高級車から走って出てきたのが彼だった。

開口一番に名乗った後、聞かれた質問に、水沢は応えるか数秒迷った挙句、何も答えずに相手の出方を伺うことにした。サングラス越しでもわかるひたむきな視線に、逸らしてはいけないような圧を感じる。何者なんだろうという疑問は、すぐに彼自身が教えてくれた。

「答えられない、というわけですね。申し訳ありません、こちらも貴方への配慮が足りていませんでした。All secrets、でしたよね。こんな人目につく場所でのQuestionはNGでした」

場所を変えましょうという彼の提案を聞くか聞かないかのうちに、マネージャーの車がやってきた。

「…すぐ乗ってくださいっ」

ドアを開け焦るマネージャーの声に、待ってくださいと言葉とともに、彼がいち早くに水沢の腕を掴んできた。

「…待ってください!うちのLeaderが、…knightsのLeader、月永レオがッ、貴方に会いたいと泣いていましたっ」

マネージャーに送っていた視線を再び彼に戻すと、切羽詰ったような、今にも泣きそうな瞳で叫ぶ彼がいた。掴んだ腕を意地でも離すものかとでも言いたげな瞳に、水沢の胸が押しつぶされそうになる。

なんで、ここまで必死なんだろう。
彼の何が、ここまで彼を突き動かしているんだろう。

気づけば、まだ純粋にアイドルを目指していたレオの姿が重なって、彼の手を離せなくなっていた。










話が終わったらマネージャーに連絡を入れることを条件に、水沢は朱桜家へと向かっていた。水沢を呼び止めた朱桜も何も口にしないため、自然と静かになる車内で、さっきの言葉を思い返す。

リーダー。

流暢な発音で彼は確かにそういった


…彼がknightsの新しいメンバー、か。ひとり入ったことは、風のうわさで聞いていたけれど、レオのいないknightsは受け入れがたく、院内のライブも観に行かなかった。名前さえも知らなかった。情報をいれまいと、拒絶していたのだ。

「ゆうさん、あの…ひとつお伺いしてもよろしいですか?」

ぽつりと聞こえた呟きに、隣を見た。先程より近い距離からか、どこか緊張した面持ちでこちらを伺う視線に首を傾げた。

『…消えた、ね』
「え、っと…?」
『……威勢の良さ』
「っさ、先程はその、必死で!ご無礼をお掛けしてしまいました。申し訳ありません!」
『……ぁ、いいの。謝罪はいらない』

あわあわする朱桜が可愛くて、水沢はくすっと笑った。新米の騎士さんは、どこか頼りなく見えて、でも確かに秘めた輝きを持っている。魅力に溢れていた。これからの成長がとても楽しみだなと感じた。

「で、では!仕切りなおさせていただきまして…。あの、Leaderとはどのようなご関係なのですか?」

関係性。
夢ノ咲にいることは黙ってくれているらしい。
であれば、水沢も隠し通すまでだった。

『…何だと思う?』

普段ならしないけれど、彼には少し意地悪を言いたくなって質問返しをした。あからさまに、あたふたとし始めた彼は、それでも一生懸命答えを探すように顎に手を当てた。

「Leaderは、大切な人と話していました。それ以上のことは教えてくれませんでしたけど…。あまりたくささんの方に、貴方との関係を知らせたくないような雰囲気でした。…ひっそりと暗闇に隠れて泣いていましたし、何より名前を聞き出すにも、私が無理やり聞き出したようなところがあります。知られたくないんだと鈍感な私でさえ、気づくくらいには…」

ぶつぶつと、途中からは独り言のようにつぶやく朱桜に、苦笑がこぼれた。同じ車内にいる運転士は気にした素振りを見せなかったので、彼にとっては日常茶飯事のことなのかもしれない。

『…変わってるね、朱桜って』
「…っそ、そうでしょうか?!Leaderのほうがよほど変わっていらっしゃると……あ、sorry…失言でしたね。ですが、きっと…」
『謝らなくていい』

朱桜はとても真っ直ぐだ。それは、話していてわかる。そして僕の苦手なタイプの人間だ。

『答え、まとまった?』

水沢の問いかけに、一度は視線を逸らした朱桜だったが、またすぐに毅然とした表情で返事をした。

「Of course!勿論ですっ」











「あの、推測ですが…、やはりお二人はsoul mateなのではないかと思います。今思い返すと、Leaderは、judgement前後どこか焦っている様子でした。私も詳しくは聞いてませんでしたが、どうも誰かを探していたように見えた。周りの三年生の先輩方も、Leaderを励ましていたように聞こえました。あれはきっと、貴方の存在のことだったように思うのです」

親友…か。
朱桜の憶測でしかない推理は、どこまで当たっているのかわからない。けれど、何となく想像はできそうだった。

仁兎あたりが、今日のことを話したとレオ本人に伝えていれば、レオは動揺したかもしれない。もしや会場に来てくれているのではと、期待しながらステージ袖でそわそわしていた?その同様が対戦相手にバレるほどに落ち着かなかったのだろうか。

レオはそんなヘマするような人物ではないと思っているのだけど。

でももし、そんな期待をしたステージで、いなかったことに落胆して泣いたのだとしたら。だとしたら、やはり話だけは聞いておくべきなのかもしれない。泣かせてしまったせめてもの償いに。僕自身が、知っておくべきことなんだろう。

『親友は言い過ぎだよ、朱桜。…ただの幼馴染だ』

そう、レオとはきっと、仲違いしたままの幼馴染が続く。友達でも、親友でもない。ただの幼馴染なんだ。ずっと学校が同じで、家が近くて、親同士が仲のいいそんな、昔から変わらない関係だ。

きっとそれは、この先ずっと変わらない。




静かに車が止まる。

朱桜が「着きましたよ」と声をかけてくれるまで、水沢は車窓の景色を見続けていた。






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