中編 | ナノ
淡水魚の呼吸

放課後すぐにレコーディング、終わったら取材。頭の中で、スケジュールを思い出す。…今日は、何時に帰れるかな。

ガラララ…。

この音が目覚まし時計だ。




顔を上げれば、担任が欠伸をしながら入ってきた。最終学年のクラス担任が気を抜いてていいのかと問いたくなるけれど、まぁそれは今、横に置いておこう。

水沢は、目元を擦りながら黒板に視線を送る。ぼんやりとした思考のまま、話を聞き流すのはもう慣れた。ただ、いつになっても視線には慣れない。現にアイドルとして活動し始めている自分としては、慣れなくちゃいけないものなのは分かってる。苦手とばかり言ってられないもの。だけど、どうしても怖いと感じてしまう。たとえそれが悪意のないクラスメートからの視線だとしても、だ。

仁兎からなんとなく見られていると気づいたのは、プリントを後ろにも気づいてたなら回した時だった。前からの視線に、そっと見ると前の席から自分をじっと見る仁兎と目が合う。慌てたように逸らされたそれに、何だったのだろうと首を傾げた。

また、今日もだ。
…話したいことがあれば、話に来ればいいのに。

用がないのに自分から話に行くのは違うだろうと、水沢は様子見している状態だ。でも視線だけ送られて、何もないって言われないっていうのは、すごくむずがゆい。そして、じりじりと心が削られていくようで、ちょっとずつストレスに変わっていきそうだ。

午前中の授業が終わり、鞄から巾着袋を取り出した。ガーデンテラスも食堂も人が多くて好きじゃない。いつも昼食を取るベンチは、校舎裏なのに日当たりが良くて、人気がない。だから入学してまもなく見つけたこの場所が、人見知りの水沢にとっては学校一のお気に入りスポットだった。

巾着袋からおにぎりと紙パックの飲み物を取り出したあと、首にかけてきた白のヘッドホンを両耳にあてた。

流れる曲は、女性アーティストのヒットナンバー。水沢は片手におにぎり、もう一方はタブレットを弄りながら曲を聞いていた。画面には、流れている曲の楽譜を表示し、タッチペンで書き加えていく。

…僕が歌うとしたら、もっとゆったりとバラード調にして、ピアノの音を入れたい。

イメージを浮かべながら、口を動かす。あっという間に2つの小さなおにぎりを食べ終えてからは、更に同じ曲を何度かリピートして、楽譜に加えていった。


学校での休み時間の殆どを、アレンジのイメージを膨らます時間に費やしていた。何パターンか作り出したものをコピーして、マネージャーに渡す。水沢のアイドル活動は、自分の曲を作るよりも、カバー曲として、如何に自分のものに出来るかをモットーとしていた。

というのも、pol*risは女性アーティストの曲をカバーしたアルバムを発売してから、人気が出るようになった。水沢のソプラノボイスを活かしたアルバムは、口コミで広がり、今では音楽番組にも呼ばれるようになっている。

今日のレコーディングは、来期のテレビドラマで主題歌として起用される曲の収録だ。そのあとの取材も、番組関連のもの。

少しずつ、少しずつだけど、周りに認められて、いろんな人に助けてもらって、だから今ここに僕は立っている。一つ一つに全力を注ぎ、自分の出来ることを最大限魅せる。それが僕の仕事だ。



ひとつ、ふたつ、と増えてゆく 街の灯
増えても 増えても 心細い
それがわたしの心みたい

みっつ、よっつ、と足していく 星の灯
足しても 足しても 満たされない
それはぼくの気持ちのせい

ぜんぶ ぜんぶ 綿毛にのせて
風と一緒に迷子になって
雲と一緒に逃げ出して
わからないからとあきらめるのは
見捨てるのと変わらない

花は見捨てない
大切にしてと祈りながら
羽ばたく気持ちを見守っている


僕の曲の中では珍しく明るい曲だった。
渡された時、思わず首を傾げてしまって、渡してきたにマネージャーの顔をしばらく見つめてしまった。

『可愛い曲、ですね』
「あぁ。ドラマの脚本を読みながら作曲したらしい。pol*risが歌うのもイメージしながら作ったらしいから精一杯歌ってほしいって」
『……はい』


改めて気持ちを込めるかのように目を閉じた。気持ちを綿毛にのせるように、柔らかなイメージを浮かべる。僕の今できる精一杯をぶつけよう。


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